ビスタと迷惑メール対策
毎朝会社に出社すると一番にメールチェックをします。
メールソフトを立ち上げたとたん、
ドッドッドッっと受信トレイになだれ込むようにメールが入ってきます。
そのほとんどがいわゆる“迷惑メール”です。
これでもか!・・と言わんばかりに続々と入ってきます。
今朝の場合、昨日の夕方に最終チェックしていますが、一晩の間に95通。
そのうち86通が迷惑メールです。
皆さんはどんな具合でしょうか?
私の会社で使っているノートパソコンでは、私の個人アドレス以外に仕事専用アドレス(会社名ドメインのもの)と、あと会社のホームページに掲載してある問い合わせ用アドレスを送受信できるように設定してあるので、これらのアドレスに送付されてくる迷惑メールが特に多いのです。
まぁ、ホームページで露出してある以上はしょうがないのでしょうが・・。
最近はあえて、メールアドレスを表に出さないようにはしているのですがそれでも既に流通してしまっているようです。
かといって会社のアドレスはそう簡単に変更するわけにもいきません。
実はビスタOSが家のパソコンでなんとか使えることがわかったので、会社のノートパソコンも引き続いてビスタに新調しました。
今まで使っていたのがちょうど限界に来ていたことと、あと今月末が決算なので今のうちに費用として使ってしまおうということもあります。^^;
(今は30万未満の少額設備投資は償却資産ではなくその年度内に費用計上ができますから。)
ビスタにして良かったと思う点はいくつかありますが、その一つが迷惑メール対策。
ビスタではこれまでのOutlook Expressの後継としてWindowsメールというメーラーがついていますが、このWindowsメールは自動的に迷惑メールを判断して専用の迷惑メールフォルダに振り分けてくれる機能がついています。
迷惑メールと判断するための「処理レベル」も何段階かに設定できるようになっています。
最初は処理レベル“低”でやってみましたが、かなりの数の迷惑メールが受信トレイに残ってしまうことがわかったので、その後“高”に設定しました。
これで今朝は86通受信した迷惑メールのうち受信トレイに残ったのは3通だけでした。識別率96%はなかなかのものです。
逆にこれだけ残るメールが少なくなると、迷惑メールと判断した中に普通の大事なメールが入ってないか不安になります。念のため設定を“高”にしてからも何日かは完全消去する前に迷惑メールフォルダ内をチェックするようにしましたが大丈夫でしたので、今は調べることもせず一括消去(「迷惑メールフォルダを空にする」の操作)するようにしています。
もうちょっと様子を見た上で、「迷惑フォルダにも入れないで消去する」にしてしまおうと思います。こうなると自分の手間としては最初から一切迷惑メールを受け取らなかったのと同じことになります。
今までは受信トレイの何十通ものメールのタイトルを眺めてから自分の目で判断して消去していました。当然、人間の判断ですから、仕事仲間からの大事なメールでも紛らわしいタイトル(英文字とか)をつけてられたものはうっかり消去してしまったことが何回かありました。その点では今はずいぶん楽になりました。
メールソフトを起動して受信する時、いったん受信トレイにドドドッっと入ったメールが、瞬時のうちに迷惑メールフォルダに振り分けられていく様子を眺めるのは一種の快感です。
ちょうど砂時計の砂が下に落ちていくように(実際ははるかにスピーディーですが)気持ちいいです。(笑)
ビスタのWindowsメール以外でもいろいろとこういった対策方法はあるようですが、
それにしても、どのような基準で迷惑メールと識別するのか不思議ですよね。
最近はこちらにうっかり開かせるように、いかにも知人からのメールのようなタイトルをつけてきます。
例えば「先日はありがとうございました」などと書かれては全く区別つきません。
そんなメールもしっかり迷惑メールと識別してくれるのはありがたいものです。^^
メールソフトを立ち上げたとたん、
ドッドッドッっと受信トレイになだれ込むようにメールが入ってきます。
そのほとんどがいわゆる“迷惑メール”です。
これでもか!・・と言わんばかりに続々と入ってきます。
今朝の場合、昨日の夕方に最終チェックしていますが、一晩の間に95通。
そのうち86通が迷惑メールです。
皆さんはどんな具合でしょうか?
私の会社で使っているノートパソコンでは、私の個人アドレス以外に仕事専用アドレス(会社名ドメインのもの)と、あと会社のホームページに掲載してある問い合わせ用アドレスを送受信できるように設定してあるので、これらのアドレスに送付されてくる迷惑メールが特に多いのです。
まぁ、ホームページで露出してある以上はしょうがないのでしょうが・・。
最近はあえて、メールアドレスを表に出さないようにはしているのですがそれでも既に流通してしまっているようです。
かといって会社のアドレスはそう簡単に変更するわけにもいきません。
実はビスタOSが家のパソコンでなんとか使えることがわかったので、会社のノートパソコンも引き続いてビスタに新調しました。
今まで使っていたのがちょうど限界に来ていたことと、あと今月末が決算なので今のうちに費用として使ってしまおうということもあります。^^;
(今は30万未満の少額設備投資は償却資産ではなくその年度内に費用計上ができますから。)
ビスタにして良かったと思う点はいくつかありますが、その一つが迷惑メール対策。
ビスタではこれまでのOutlook Expressの後継としてWindowsメールというメーラーがついていますが、このWindowsメールは自動的に迷惑メールを判断して専用の迷惑メールフォルダに振り分けてくれる機能がついています。
迷惑メールと判断するための「処理レベル」も何段階かに設定できるようになっています。
最初は処理レベル“低”でやってみましたが、かなりの数の迷惑メールが受信トレイに残ってしまうことがわかったので、その後“高”に設定しました。
これで今朝は86通受信した迷惑メールのうち受信トレイに残ったのは3通だけでした。識別率96%はなかなかのものです。
逆にこれだけ残るメールが少なくなると、迷惑メールと判断した中に普通の大事なメールが入ってないか不安になります。念のため設定を“高”にしてからも何日かは完全消去する前に迷惑メールフォルダ内をチェックするようにしましたが大丈夫でしたので、今は調べることもせず一括消去(「迷惑メールフォルダを空にする」の操作)するようにしています。
もうちょっと様子を見た上で、「迷惑フォルダにも入れないで消去する」にしてしまおうと思います。こうなると自分の手間としては最初から一切迷惑メールを受け取らなかったのと同じことになります。
今までは受信トレイの何十通ものメールのタイトルを眺めてから自分の目で判断して消去していました。当然、人間の判断ですから、仕事仲間からの大事なメールでも紛らわしいタイトル(英文字とか)をつけてられたものはうっかり消去してしまったことが何回かありました。その点では今はずいぶん楽になりました。
メールソフトを起動して受信する時、いったん受信トレイにドドドッっと入ったメールが、瞬時のうちに迷惑メールフォルダに振り分けられていく様子を眺めるのは一種の快感です。
ちょうど砂時計の砂が下に落ちていくように(実際ははるかにスピーディーですが)気持ちいいです。(笑)
ビスタのWindowsメール以外でもいろいろとこういった対策方法はあるようですが、
それにしても、どのような基準で迷惑メールと識別するのか不思議ですよね。
最近はこちらにうっかり開かせるように、いかにも知人からのメールのようなタイトルをつけてきます。
例えば「先日はありがとうございました」などと書かれては全く区別つきません。
そんなメールもしっかり迷惑メールと識別してくれるのはありがたいものです。^^
ビスタに移行中
前に我が家のデスクトップパソコンのファンが壊れてしまった話を書きました。
現在はケース半開きの風通しを良くした状態でまだなんとか使用中ですが、家内も娘も私以上にパソコンを使うようになってきたこともあって、この際、新しいのをもう1台購入することにしました。
最後まで迷ったOSですが、結局ビスタ(Vista)にしました。
その節は皆さんにいろいろアドバイスを頂きありがとうございました。
私としてはようやく慣れた(笑)XPで十分だったのですが、
世間で言われているビスタの不安材料も我が家の用途では影響なさそうだったのと、
やっぱりどうせ本体から新しいのを買うならOSも新しい方にしておくのに越したことはないかな・・という感じで。
ビスタのパソコンを購入したのは先週末だったのですが、あれから一週間かけコツコツとデータ移行や各種設定をやってきました。
今までのパソコンもなんとか併用できているので、あわてず一つずつです。

やりながら思うことは、「昔とは違うなぁ」ということ。
パソコンの進化のことではありません。
もうちょっと若い頃は新しい電子機器を買うという時は嬉々とした思いでした。
ところが、この歳になると若干気分が違います。
どうしても、取説と格闘することの億劫さと、はたしてうまくできるのかなという不安の壁が立ちはだかります。
前にも書きましたが私は元々機械に弱い人間。
ネットへの接続、メールの設定、プリンターの接続・・・
えっと、パスワードはいるんだったっけ?
どこにメモしてあったっけ?
あのソフトのCDどこだったっけ? という具合に・・
こう見えてもパソコンを始めたのは結構早い方だったのですが、何年かに一度パソコンを買い換える度、パソコンの方は高度化する一方で自分の頭は硬化している。
そのギャップがどんどん広がっているのを感じます。
まず、取説の細かい字を読むのに老眼鏡をはめなくてはならなくなったことからして前回とは違うのです。(泣)
そこへもって馴染みのない新しいOSは結構なハードルです。
“滋賀咲く”にもおられる、同じパソコンにOSを入れ替えるような方からすれば、きっとこんなことはチョチョイのチョイなんだろうな、と思いながら・・
実は去年の春までは家のパソコンでわからないことは、専ら息子に任せていました。
その息子が今は一人暮らしで家にいなくなりました。
こういう時に任せっぱなしだった反動が来て苦労します。
そういえば、息子が家にいる時から「お父さん、僕が出て行ったらこういう場合どうするの?」とか言って心配していました。
そんな具合だから、テレビの携帯のCMにあるように、どうしようもない時は彼に電話やメールでSOSを発します。
しかしうちの息子は、そら見たことかと言わんばかりに
「すぐに聞くのじゃなくて、もっと自分で調べて解決しようとしないと、いつまでたっても自分のものにならないヨ!」と生意気なことを言うのです。
「オイッ、お前! いったい誰のおかげでそこまでパソコンを使えるようになったと思ってるんや!」と言いたい気持ちをぐっと堪える私。
確かに息子の言うことももっともです。
彼が小学校とかの時に、宿題を聞かれてこっちはそう言ってたもんな・・
そんなわけで、本屋さんで買ってきたビスタ本ともにらめっこしながら極力自力でやってます。
でも、そうやって本を見ながら試行錯誤しているうちに、ひとつひとつわからなかったことが解決していく。
おまけに今まで全く気がつかなかった便利な使い方を突然発見したり・・
結構、自信になりますよね。(ボケ防止にも・・?)
たとえば、Internet Explorerの「お気に入り」。
我が家は私と家内、娘の3人分のユーザーアカウントの設定ですが、
最初はサイトに一つ一つアクセスして手動で登録しなおすという馬鹿なことをやってました。
「お気に入り」というファイルをコピーして持ってくることで、簡単に移せるんですね。
あと、メールのアドレス帳もエクスポート、インポートを使って成功。
そんな度に「おおっ、すごい。できた、できた。できたぞぉ~」とひたすら感動。
家内からも、「やればできるやん!」とほめてもらいました。
生活環境が変われば何かと刺激になるように、
私にとっては、たまにはパソコンも変えてみるもの頭の刺激にいいのかもしれません。
まだまだ新しいパソコンとの格闘は続きますが、そう思ってがんばることにします。
現在はケース半開きの風通しを良くした状態でまだなんとか使用中ですが、家内も娘も私以上にパソコンを使うようになってきたこともあって、この際、新しいのをもう1台購入することにしました。
最後まで迷ったOSですが、結局ビスタ(Vista)にしました。
その節は皆さんにいろいろアドバイスを頂きありがとうございました。
私としてはようやく慣れた(笑)XPで十分だったのですが、
世間で言われているビスタの不安材料も我が家の用途では影響なさそうだったのと、
やっぱりどうせ本体から新しいのを買うならOSも新しい方にしておくのに越したことはないかな・・という感じで。
ビスタのパソコンを購入したのは先週末だったのですが、あれから一週間かけコツコツとデータ移行や各種設定をやってきました。
今までのパソコンもなんとか併用できているので、あわてず一つずつです。
やりながら思うことは、「昔とは違うなぁ」ということ。
パソコンの進化のことではありません。
もうちょっと若い頃は新しい電子機器を買うという時は嬉々とした思いでした。
ところが、この歳になると若干気分が違います。
どうしても、取説と格闘することの億劫さと、はたしてうまくできるのかなという不安の壁が立ちはだかります。
前にも書きましたが私は元々機械に弱い人間。
ネットへの接続、メールの設定、プリンターの接続・・・
えっと、パスワードはいるんだったっけ?
どこにメモしてあったっけ?
あのソフトのCDどこだったっけ? という具合に・・
こう見えてもパソコンを始めたのは結構早い方だったのですが、何年かに一度パソコンを買い換える度、パソコンの方は高度化する一方で自分の頭は硬化している。
そのギャップがどんどん広がっているのを感じます。
まず、取説の細かい字を読むのに老眼鏡をはめなくてはならなくなったことからして前回とは違うのです。(泣)
そこへもって馴染みのない新しいOSは結構なハードルです。
“滋賀咲く”にもおられる、同じパソコンにOSを入れ替えるような方からすれば、きっとこんなことはチョチョイのチョイなんだろうな、と思いながら・・
実は去年の春までは家のパソコンでわからないことは、専ら息子に任せていました。
その息子が今は一人暮らしで家にいなくなりました。
こういう時に任せっぱなしだった反動が来て苦労します。
そういえば、息子が家にいる時から「お父さん、僕が出て行ったらこういう場合どうするの?」とか言って心配していました。
そんな具合だから、テレビの携帯のCMにあるように、どうしようもない時は彼に電話やメールでSOSを発します。
しかしうちの息子は、そら見たことかと言わんばかりに
「すぐに聞くのじゃなくて、もっと自分で調べて解決しようとしないと、いつまでたっても自分のものにならないヨ!」と生意気なことを言うのです。
「オイッ、お前! いったい誰のおかげでそこまでパソコンを使えるようになったと思ってるんや!」と言いたい気持ちをぐっと堪える私。
確かに息子の言うことももっともです。
彼が小学校とかの時に、宿題を聞かれてこっちはそう言ってたもんな・・
そんなわけで、本屋さんで買ってきたビスタ本ともにらめっこしながら極力自力でやってます。
でも、そうやって本を見ながら試行錯誤しているうちに、ひとつひとつわからなかったことが解決していく。
おまけに今まで全く気がつかなかった便利な使い方を突然発見したり・・
結構、自信になりますよね。(ボケ防止にも・・?)
たとえば、Internet Explorerの「お気に入り」。
我が家は私と家内、娘の3人分のユーザーアカウントの設定ですが、
最初はサイトに一つ一つアクセスして手動で登録しなおすという馬鹿なことをやってました。
「お気に入り」というファイルをコピーして持ってくることで、簡単に移せるんですね。
あと、メールのアドレス帳もエクスポート、インポートを使って成功。
そんな度に「おおっ、すごい。できた、できた。できたぞぉ~」とひたすら感動。
家内からも、「やればできるやん!」とほめてもらいました。
生活環境が変われば何かと刺激になるように、
私にとっては、たまにはパソコンも変えてみるもの頭の刺激にいいのかもしれません。
まだまだ新しいパソコンとの格闘は続きますが、そう思ってがんばることにします。
電車で席を譲られた時
昨日のことです。
大阪での会議に出席した帰りの新快速の車中。
夕刻の7時台だったので、電車の中は結構混んでいました。
高槻あたりだったと思います。
私が座席の間の通路に立って本を読んでいると、背後から私の背中をトントンとつつく人がいました。
一瞬、知り合いが居たのかと思って振り返ると、意外にも相手は学生風の若い女の子。
彼女の顔を見ながら瞬時に記憶の中をぐるぐる検索しましたが、どう見ても私の知り合いではありません。
すると、その女の子はニコッと微笑みながら私に言いました。
「この席に座られませんか?」
ようするに自分の座っている席を私に譲ってくれようとしたのです。
比較的、電車に乗ることが少ない私とはいえ、お年寄りに席を譲ることはあっても、私に見知らぬ人が譲ってくれようとしたのは初めてのことです。
一瞬とまどっていると、その女の子は続けていいました。
「書きものをしておられるから・・」
そういえば、私は鞄をぶら下げた左手に本を持ちながら、右手でボールペンを走らせていました。
私は気に入った本を読む時、読みながらボールペンでどんどん線を引きのです。
電車の中では揺れるので、当然線はぐにゃぐにゃになりますが、おかまいなしに引きまくります。そんな様子を見て、きっと私が大変そうに見えたのでしょう。
「あ、大丈夫、結構ですよ。」
とっさの場合で驚いたこともあって、そんな感じで遠慮しました。
でもその後、すごくほのぼのとした気分を感じました。
彼女が私に席を譲ろうとした理由が私がお年寄りに見えたことではなかったことにもホッとしましたが、いまどき赤の他人に対してそんな気遣いをする学生さんがいることに感動したのです。
今日の夕食時にふと思い出して、そんな出来事があったことを家内と娘に話したら、意外にも二人に口をそろえて叱られてしまいました。
そういう場合は素直に替わってもらうべきだったと言うのです。
なぜならその女の子はきっと迷ったあげく、勇気を出して声をかけたはず。
そこで私が喜んで替わってもらっていたら彼女も声をかけたことに満足していただろうけど、せっかくの好意を断ってしまったので、彼女はおそらく次からそういう場合に遭遇しても声を掛けにくくなっただろうと言うのです。
なるほど・・と反省してしまいました。
こちらが怪我でもしているとか子供を連れているならともかく、ボールペンで書きものをしているのはこっちが勝手にしてること。
だから、そんな理由で替わってもらうという発想はその時の自分には無かったのです。
でも声をかけてくれた相手のことを考えれば、確かに・・と思います。
譲ろうと声をかけるのも気遣いならば、それを受け取るの気遣い。
こういうことって本当に難しいですよね。
実のところ私も電車の中で断った直後、少しは気になっていたのです。
京都駅に着く直前になって、その彼女の隣の席(窓側)に座っていた人が席を立つ準備を始めたことに気がつきました。
当然、声をかけてくれた彼女が窓側に席を詰める。
そしたら今度は私が堂々と彼女の横に座れるわけです。
「よしっ・・」
横に座ったら、彼女に声をかけよう・・
あ、別にオヤジの変な下心ではありません。
「先ほどは気を使ってくれてありがとう!」と、
せめて一言、声をかけてくれたことへのお礼をきちんと言いたかったのです。
案の定、京都駅に着くと、窓側の人が席を立ち
彼女が一旦立ち上がってその人を送り出しました。
彼女が窓側に席を詰めるのを待って、私がそこへ座ろうとしていたまさにその時です。
少し離れたところからダッシュしてきた“おばさん”が、今空いたばかりの窓側の席に割り込んでドカッとお尻を降ろしてしまいました。
世の中、人それぞれです。
大阪での会議に出席した帰りの新快速の車中。
夕刻の7時台だったので、電車の中は結構混んでいました。
高槻あたりだったと思います。
私が座席の間の通路に立って本を読んでいると、背後から私の背中をトントンとつつく人がいました。
一瞬、知り合いが居たのかと思って振り返ると、意外にも相手は学生風の若い女の子。
彼女の顔を見ながら瞬時に記憶の中をぐるぐる検索しましたが、どう見ても私の知り合いではありません。
すると、その女の子はニコッと微笑みながら私に言いました。
「この席に座られませんか?」
ようするに自分の座っている席を私に譲ってくれようとしたのです。
比較的、電車に乗ることが少ない私とはいえ、お年寄りに席を譲ることはあっても、私に見知らぬ人が譲ってくれようとしたのは初めてのことです。
一瞬とまどっていると、その女の子は続けていいました。
「書きものをしておられるから・・」
そういえば、私は鞄をぶら下げた左手に本を持ちながら、右手でボールペンを走らせていました。
私は気に入った本を読む時、読みながらボールペンでどんどん線を引きのです。
電車の中では揺れるので、当然線はぐにゃぐにゃになりますが、おかまいなしに引きまくります。そんな様子を見て、きっと私が大変そうに見えたのでしょう。
「あ、大丈夫、結構ですよ。」
とっさの場合で驚いたこともあって、そんな感じで遠慮しました。
でもその後、すごくほのぼのとした気分を感じました。
彼女が私に席を譲ろうとした理由が私がお年寄りに見えたことではなかったことにもホッとしましたが、いまどき赤の他人に対してそんな気遣いをする学生さんがいることに感動したのです。
今日の夕食時にふと思い出して、そんな出来事があったことを家内と娘に話したら、意外にも二人に口をそろえて叱られてしまいました。
そういう場合は素直に替わってもらうべきだったと言うのです。
なぜならその女の子はきっと迷ったあげく、勇気を出して声をかけたはず。
そこで私が喜んで替わってもらっていたら彼女も声をかけたことに満足していただろうけど、せっかくの好意を断ってしまったので、彼女はおそらく次からそういう場合に遭遇しても声を掛けにくくなっただろうと言うのです。
なるほど・・と反省してしまいました。
こちらが怪我でもしているとか子供を連れているならともかく、ボールペンで書きものをしているのはこっちが勝手にしてること。
だから、そんな理由で替わってもらうという発想はその時の自分には無かったのです。
でも声をかけてくれた相手のことを考えれば、確かに・・と思います。
譲ろうと声をかけるのも気遣いならば、それを受け取るの気遣い。
こういうことって本当に難しいですよね。
実のところ私も電車の中で断った直後、少しは気になっていたのです。
京都駅に着く直前になって、その彼女の隣の席(窓側)に座っていた人が席を立つ準備を始めたことに気がつきました。
当然、声をかけてくれた彼女が窓側に席を詰める。
そしたら今度は私が堂々と彼女の横に座れるわけです。
「よしっ・・」
横に座ったら、彼女に声をかけよう・・
あ、別にオヤジの変な下心ではありません。
「先ほどは気を使ってくれてありがとう!」と、
せめて一言、声をかけてくれたことへのお礼をきちんと言いたかったのです。
案の定、京都駅に着くと、窓側の人が席を立ち
彼女が一旦立ち上がってその人を送り出しました。
彼女が窓側に席を詰めるのを待って、私がそこへ座ろうとしていたまさにその時です。
少し離れたところからダッシュしてきた“おばさん”が、今空いたばかりの窓側の席に割り込んでドカッとお尻を降ろしてしまいました。
世の中、人それぞれです。
“晴耕雨読”な夜
久しぶりに晩酌で飲む芋焼酎の話題です。
食卓の上に常時5~6種類の芋焼酎の瓶をズラッと並べ、その日の気分で選んで飲んでいます。
昨夜、ふと気がつくとそのほとんどの瓶が一斉に空になりかけていました。
そういえば、最近はパソコンの買換えや家族のインフルエンザやなんやかやでバタバタしていて、長い間焼酎の仕入れが出来ていなかったのです。
それにしても最近一本の瓶が空くペースが早くなった気がします。
忘新年会時期と比べて外で飲む機会が減って、それだけおとなしく家で飲んでいるということでもありますが、あきらかに一日の飲む量も増えています。
どうも以前記事にも書いた500mlのカップを愛用し始めてからペースが上がった気がします。
ちょっとやばい傾向です。
せめて一本の瓶を空にするペースが、ブログに一件記事をエントリーするペースを追い越さないようにしようと密かに思っているのですが、最近はそれすら危ない!
そこで、今まで四合瓶で買っていたのを一升瓶で買うことにしました。
(全然、本質的な問題解決にはなっていないのですが・・)

それはそうとして、空になると食卓の上から退場してしまう名残惜しい瓶たち。
そんな中で、最近一番存在感があったのが晴耕雨読のかめ壷仕込み(白麹造り)の一升瓶です。あの雰囲気のあるラベルの瓶が食卓の上から消えてしまうのが寂しくて、せめて何か書いて残しておくことにします。
私もつい最近知ったことなのですが、晴耕雨読といっても製法の違うものが何種類かあります。以前、あるお店で飲んだレギュラーの晴耕雨読は米焼酎がブレンドしてあるせいか、マイルド過ぎて、芋としてはちょっと物足りなかったという話をこのブログに書きました。
そしたらmakanaiyaさんのご主人から、守山の酒酎屋さんにこれの「かめ壷仕込み」が置いてあったよという情報をコメントでいただき、それで通りすがりの時に買ってきたものです。
こういうところが「滋賀咲く」ならではのありがたさですよね。
この「かめ壷仕込み」は季節限定品で結構販売本数が限られていたらしく、他の店では目にしたことがありませんでした。
(後でわかったのですが、ネットではその時点でも既に売り切れか、残っていたらかなりの高値がついていました。そう思うと酒酎屋さん、本当にありがたいお店です!)
「かめ壷仕込み」はさすがにレギュラー以上にしっかりした芋の香味があります。それでいて上品でマイルドな味わいはそのままなので、寝る前に生で味わったりしてもスッキリさわやか気分でした。
黒麹もあるということなので、今年の発売時期には是非入手しようと企んでいます。
この銘柄は味わいももちろんですが、なんといってもネーミングが印象的。
ではこの“晴耕雨読”という四字熟語の意味はというと・・
「晴れた日は外に出て耕し、雨の日は家に居て書を読むこと」
これはそのまんま文字通りです。
ただこの言葉をどういう解釈で使うかは人によって若干の違いがあるようです。
「与えられた自然環境に逆らうことなく、その時できることを努力する」という感じで使われる場合と
「自分の好きなことをして悠々と生きる」という意味で使われる場合です。
私はこれまではてっきり前者とばかり思っていました。
でもちょっとあちこち調べてみると、どうも一般では後者が本当の意味だと言われているみたいですね。
広辞苑にも「自適の生活をいう」と付加されています。
さらに「自適」という意味を調べると、「何事にも束縛されず心のままに楽しむこと。」
ウーン、あこがれる言葉。
焼酎を飲んでもただの酔っ払いにはならない!・・これでちょっとは勉強です。(笑)
ただ、普通の社会人ではそんな自由な生活のできる人はほとんど居ないでしょうね。
私なんぞは今までの人生で染み付いた性なのでしょうか、
どちらかと言えば自由きままでいるよりは、多少の束縛や回りからのプレッシャーが有った方がさびしくなくて、張り合いをもってがんばれるタイプのような気がします。
でも人生そればっかりでもちょっとツライ。
一日の仕事を終え、晩酌をゆっくり味わう。
それが2杯目、3杯目とさしかかってほろ酔い気分になる。
あとは、テレビを見ながらゴロンと横になる。
そうかと思えば、今夜のように突然パソコンに向ってキーボードをたたき出す。
本を読み出したかと思うと、突然バタンと眠る。
私の生活も、焼酎を数杯飲んだ後は、ちょっとした晴耕雨読なのです。
もちろん、「何事にも束縛されず心のままに楽しむ」という意味で。
そんな気分に今夜もさせてくれた晴耕雨読に感謝・・
食卓の上に常時5~6種類の芋焼酎の瓶をズラッと並べ、その日の気分で選んで飲んでいます。
昨夜、ふと気がつくとそのほとんどの瓶が一斉に空になりかけていました。
そういえば、最近はパソコンの買換えや家族のインフルエンザやなんやかやでバタバタしていて、長い間焼酎の仕入れが出来ていなかったのです。
それにしても最近一本の瓶が空くペースが早くなった気がします。
忘新年会時期と比べて外で飲む機会が減って、それだけおとなしく家で飲んでいるということでもありますが、あきらかに一日の飲む量も増えています。
どうも以前記事にも書いた500mlのカップを愛用し始めてからペースが上がった気がします。
ちょっとやばい傾向です。
せめて一本の瓶を空にするペースが、ブログに一件記事をエントリーするペースを追い越さないようにしようと密かに思っているのですが、最近はそれすら危ない!
そこで、今まで四合瓶で買っていたのを一升瓶で買うことにしました。
(全然、本質的な問題解決にはなっていないのですが・・)
それはそうとして、空になると食卓の上から退場してしまう名残惜しい瓶たち。
そんな中で、最近一番存在感があったのが晴耕雨読のかめ壷仕込み(白麹造り)の一升瓶です。あの雰囲気のあるラベルの瓶が食卓の上から消えてしまうのが寂しくて、せめて何か書いて残しておくことにします。
私もつい最近知ったことなのですが、晴耕雨読といっても製法の違うものが何種類かあります。以前、あるお店で飲んだレギュラーの晴耕雨読は米焼酎がブレンドしてあるせいか、マイルド過ぎて、芋としてはちょっと物足りなかったという話をこのブログに書きました。
そしたらmakanaiyaさんのご主人から、守山の酒酎屋さんにこれの「かめ壷仕込み」が置いてあったよという情報をコメントでいただき、それで通りすがりの時に買ってきたものです。
こういうところが「滋賀咲く」ならではのありがたさですよね。
この「かめ壷仕込み」は季節限定品で結構販売本数が限られていたらしく、他の店では目にしたことがありませんでした。
(後でわかったのですが、ネットではその時点でも既に売り切れか、残っていたらかなりの高値がついていました。そう思うと酒酎屋さん、本当にありがたいお店です!)
「かめ壷仕込み」はさすがにレギュラー以上にしっかりした芋の香味があります。それでいて上品でマイルドな味わいはそのままなので、寝る前に生で味わったりしてもスッキリさわやか気分でした。
黒麹もあるということなので、今年の発売時期には是非入手しようと企んでいます。
この銘柄は味わいももちろんですが、なんといってもネーミングが印象的。
ではこの“晴耕雨読”という四字熟語の意味はというと・・
「晴れた日は外に出て耕し、雨の日は家に居て書を読むこと」
これはそのまんま文字通りです。
ただこの言葉をどういう解釈で使うかは人によって若干の違いがあるようです。
「与えられた自然環境に逆らうことなく、その時できることを努力する」という感じで使われる場合と
「自分の好きなことをして悠々と生きる」という意味で使われる場合です。
私はこれまではてっきり前者とばかり思っていました。
でもちょっとあちこち調べてみると、どうも一般では後者が本当の意味だと言われているみたいですね。
広辞苑にも「自適の生活をいう」と付加されています。
さらに「自適」という意味を調べると、「何事にも束縛されず心のままに楽しむこと。」
ウーン、あこがれる言葉。
焼酎を飲んでもただの酔っ払いにはならない!・・これでちょっとは勉強です。(笑)
ただ、普通の社会人ではそんな自由な生活のできる人はほとんど居ないでしょうね。
私なんぞは今までの人生で染み付いた性なのでしょうか、
どちらかと言えば自由きままでいるよりは、多少の束縛や回りからのプレッシャーが有った方がさびしくなくて、張り合いをもってがんばれるタイプのような気がします。
でも人生そればっかりでもちょっとツライ。
一日の仕事を終え、晩酌をゆっくり味わう。
それが2杯目、3杯目とさしかかってほろ酔い気分になる。
あとは、テレビを見ながらゴロンと横になる。
そうかと思えば、今夜のように突然パソコンに向ってキーボードをたたき出す。
本を読み出したかと思うと、突然バタンと眠る。
私の生活も、焼酎を数杯飲んだ後は、ちょっとした晴耕雨読なのです。
もちろん、「何事にも束縛されず心のままに楽しむ」という意味で。
そんな気分に今夜もさせてくれた晴耕雨読に感謝・・
瀕死のパソコンから
わが家のデスクトップのパソコン、現在息も絶え絶えの状態です。
3日前、家内や娘が使っている時に突然ストンと電源が落ちるようになって、そこからうまく起動できないというので、夜帰宅した後で調べてみました。
「調べてみる」と偉そうに言っても、実のところ私はパソコンという機械に全く弱くて、調べてわかるような知識は何も持ち合わせていないのです。
電源を入れてしばらくすると、何やら英語の警告文字。
とりあえずF1 key to continueという文字が見えたので、F1キーを押してみたら通常通りに起動しました。
「おおっ、大丈夫や! ほら、もう直ったぞ!」
起動したパソコンを娘に引き渡し、ちょっと父親の面子を保てたと喜んだのもつかの間、彼女がしばらく使っているとまたプッツンと暗闇の世界に落ちてしまいました。
あらら・・
再び起動させると、やはりまた警告表示が。
今度はまじめにじっくり読んでみました。

Fan failure ?・・・なに?・・“おもしろい失敗”とはどういうことか?
あ、“おもしろいこと”はfunであってfanは風を送るファンのことでした。
(大体パソコンが“おもしろい失敗”などという表示をするわけがない!)
そういえば、先程起動させた時もあまりにも静かだった気がする。
さすがの機械音痴の私でも、ここまで来て冷却ファンが回っていないことによる過熱が原因で電源が落ちたことが推測できたのです。
このパソコンはDELLの製品で、今現在は一人暮らしで家に居ない息子が数年前にメーカー直販で買ったもの。
息子に電話でSOSを求めると、メーカーサポートへの連絡の仕方を教えてくれたので、早速そのサポートセンターに電話してみました。
夜中でもきっちりサポートしてくれるのはありがたいものです。
「ハイ、それではただいまからこちらが申し上げる操作をお願いします。」
私のような機械に弱い人間にとってパソコンが突然動かなくなった時は異常に心細いものですが、この時の電話の向こうの落ち着いた声ってなんとも頼もしく感じられますよね。
はいはい、何でも言うとおりやりますよ・・
いきなり本体のケースを開けてくださいと言われて「えっ」と思いながらも、言われるままにケースを空けて二つのファンの動作をチェック。
向こうは簡単に言うけど、実のところ機械音痴の私が本体ケースを空けて中味を見たのは初めてでした。
「ファンは回っていますか?」
・・「えっ、ファンってどれ?」
「中に黒いプラスチックケースの大きいのがありますよね。窓をのぞくと回転しているかどうかわかるはずです。」
・・「あ~、このカタツムリみたいなやつ? なんも動いてないけど。あ、手で回したら回る。」
こんな低次元の答え方をする私に対しても、丁寧に教えてくれます。
サポートセンターの電話の人って、すごい忍耐の持ち主だと思います。
排気ファンとCPUファン、2つファンがあることもこの時初めて知りました。
その後、電源を切ったり入れたり、コネクターを差したり抜いたり、いろいろと指示に従ってテストしてみましたが、結論的には残念ながらメーカー修理に出してファンの交換が必要とのことになりました。
ファンは二つともダメな上に保障期間も過ぎているので4万円程度の費用が必要で、しかも戻ってくるまで10日ぐらいの期間がかかるとのこと。
とほほ・・
あちこちガタが来ている古くなったパソコンに4万円も修理代を出すこともさることながら、10日間もパソコンなしの状態(私は仕事用のノートパソコンがありますが)にわが家が耐えることはできそうもありません。
もともと1台では夜など家の中で順番待ちをすることが多かったこともあって、この際新しいのを一台購入しようという結論になりました。
瀕死のパソコンも幸い短時間なら起動はできるので、その間にデータや設定を新しいパソコンに移行して、それが無事に済んでから修理を考えようという作戦です。

ファンが回らなくなったとはいえ、ケースを半開きにして(写真のように見た目極めて不格好ですが)なるべく熱がこもらないようにしながらやると、わりと過熱状態になるまでの時間が稼げることが判明しました。
ひょっとして扇風機で風でも送ってやればなお良いのでしょうか?
それともアイスノンでも持ってきてケースの上からあてがうとか・・?
もう一つの問題は新しいパソコンをどうするか。
タイミングの悪いことに、OSがビスタへ変わったばかり。
そうでなくても出始めのOSは不具合が多いと言われているのに、つい最近までそれが車の名前だと思っていたような私が果たして慣れないビスタOS機にちゃんと移行ができるのでしょうか?
やっと自分が使いこなせるようになった時期に、また新しいものに変わっていく。
あ~、OSなんか別に進化しなくていいのに・・
なんて思っているのは私だけでしょうか?
あっ、いけない、
電源が落ちないうちに早く投稿を終わらねば・・
3日前、家内や娘が使っている時に突然ストンと電源が落ちるようになって、そこからうまく起動できないというので、夜帰宅した後で調べてみました。
「調べてみる」と偉そうに言っても、実のところ私はパソコンという機械に全く弱くて、調べてわかるような知識は何も持ち合わせていないのです。
電源を入れてしばらくすると、何やら英語の警告文字。
とりあえずF1 key to continueという文字が見えたので、F1キーを押してみたら通常通りに起動しました。
「おおっ、大丈夫や! ほら、もう直ったぞ!」
起動したパソコンを娘に引き渡し、ちょっと父親の面子を保てたと喜んだのもつかの間、彼女がしばらく使っているとまたプッツンと暗闇の世界に落ちてしまいました。
あらら・・
再び起動させると、やはりまた警告表示が。
今度はまじめにじっくり読んでみました。

Fan failure ?・・・なに?・・“おもしろい失敗”とはどういうことか?
あ、“おもしろいこと”はfunであってfanは風を送るファンのことでした。
(大体パソコンが“おもしろい失敗”などという表示をするわけがない!)
そういえば、先程起動させた時もあまりにも静かだった気がする。
さすがの機械音痴の私でも、ここまで来て冷却ファンが回っていないことによる過熱が原因で電源が落ちたことが推測できたのです。
このパソコンはDELLの製品で、今現在は一人暮らしで家に居ない息子が数年前にメーカー直販で買ったもの。
息子に電話でSOSを求めると、メーカーサポートへの連絡の仕方を教えてくれたので、早速そのサポートセンターに電話してみました。
夜中でもきっちりサポートしてくれるのはありがたいものです。
「ハイ、それではただいまからこちらが申し上げる操作をお願いします。」
私のような機械に弱い人間にとってパソコンが突然動かなくなった時は異常に心細いものですが、この時の電話の向こうの落ち着いた声ってなんとも頼もしく感じられますよね。
はいはい、何でも言うとおりやりますよ・・
いきなり本体のケースを開けてくださいと言われて「えっ」と思いながらも、言われるままにケースを空けて二つのファンの動作をチェック。
向こうは簡単に言うけど、実のところ機械音痴の私が本体ケースを空けて中味を見たのは初めてでした。
「ファンは回っていますか?」
・・「えっ、ファンってどれ?」
「中に黒いプラスチックケースの大きいのがありますよね。窓をのぞくと回転しているかどうかわかるはずです。」
・・「あ~、このカタツムリみたいなやつ? なんも動いてないけど。あ、手で回したら回る。」
こんな低次元の答え方をする私に対しても、丁寧に教えてくれます。
サポートセンターの電話の人って、すごい忍耐の持ち主だと思います。
排気ファンとCPUファン、2つファンがあることもこの時初めて知りました。
その後、電源を切ったり入れたり、コネクターを差したり抜いたり、いろいろと指示に従ってテストしてみましたが、結論的には残念ながらメーカー修理に出してファンの交換が必要とのことになりました。
ファンは二つともダメな上に保障期間も過ぎているので4万円程度の費用が必要で、しかも戻ってくるまで10日ぐらいの期間がかかるとのこと。
とほほ・・
あちこちガタが来ている古くなったパソコンに4万円も修理代を出すこともさることながら、10日間もパソコンなしの状態(私は仕事用のノートパソコンがありますが)にわが家が耐えることはできそうもありません。
もともと1台では夜など家の中で順番待ちをすることが多かったこともあって、この際新しいのを一台購入しようという結論になりました。
瀕死のパソコンも幸い短時間なら起動はできるので、その間にデータや設定を新しいパソコンに移行して、それが無事に済んでから修理を考えようという作戦です。

ファンが回らなくなったとはいえ、ケースを半開きにして(写真のように見た目極めて不格好ですが)なるべく熱がこもらないようにしながらやると、わりと過熱状態になるまでの時間が稼げることが判明しました。
ひょっとして扇風機で風でも送ってやればなお良いのでしょうか?
それともアイスノンでも持ってきてケースの上からあてがうとか・・?
もう一つの問題は新しいパソコンをどうするか。
タイミングの悪いことに、OSがビスタへ変わったばかり。
そうでなくても出始めのOSは不具合が多いと言われているのに、つい最近までそれが車の名前だと思っていたような私が果たして慣れないビスタOS機にちゃんと移行ができるのでしょうか?
やっと自分が使いこなせるようになった時期に、また新しいものに変わっていく。
あ~、OSなんか別に進化しなくていいのに・・
なんて思っているのは私だけでしょうか?
あっ、いけない、
電源が落ちないうちに早く投稿を終わらねば・・
犬は飼い主に似る?
これまでの私のブログにほとんど登場したことのなかった家族が一人(?)いました。
犬のサラです。
今日の日曜日は久々に娘と一緒にそのサラを連れて遠くまで散歩しました。
風は冷たくて強かったけど、梅や早咲きの桜が美しい川の堤防沿いを娘と交代でリードを握りながら約1時間。
サラはメスのラブラドールです。娘が5歳の時に我が家に来ました。
犬は気の毒なことに、人間より早く歳をとります。
子犬時代は娘にとっては妹分だったのが、今ではすっかり追い越して8歳の老犬になってしまいました。
犬の8歳って人間では何歳になるのか?
漠然と老犬と書いてしまいましたが、ネットできちんと調べなおしてみました。
(こういうことだって、ブログに書く機会でもなければ案外調べないんですよね・・)
花王のペットサイトで犬と人間の標準年齢換算表というのがありました。
小型、中型犬と大型犬とでは若干の違いがあるようですが、多分大型犬。
このサイトによると大型犬の場合の人間年齢との換算公式は
12+(犬年齢―1)×7
なんだそうです。
この公式の犬年齢のところに8を入れて計算してみると・・
なんと51歳!?
ギョッ。来月その年齢になる私と同級生ではありませんか!
急遽、冒頭に書いた「老犬」という言葉を訂正したいと思います。
まだまだバリバリです。^^;
ただ最近そのサラで困ったことが・・
なぜかこの歳になってものすごく食欲が増進しているのです。
一日一回毎朝の食事を催促して朝早く暗いうちから吠えるようになったのです。
定刻までがまんさせればよいのですが、外で飼っているのでご近所の迷惑になります。
仕方なしに眠い目をこすって起きて食事をやります。
するとむこうは調子にのって翌日からの催促の時間が毎日少しずつ早くなる。
こちらもだんだん起きるのがつらくなってくるので、仕方なく夜寝る前にもう一度食事を与えることにしました。寝る前に満腹にしておけば、夜明け前から吠えることもないだろうとのことです。
その結果、なんとか朝暗いうちから吠えるのはおさまりました。
それでも以前の定刻にはきちんと催促してくるので、結局、朝は朝で与えなければなりません。
こうしてサラは1日1食だったところを2食制にすることに成功したのです。
まんまと作戦にしてやられました。
ところが・・
今日ゆっくり散歩しながら、その歩くスタイルを眺めていて愕然としました。
1日2食制になったこの数日間のうちに明らかに太っているのです!
ラブラドールといえば、胸が大きくてお腹はやややくびれているのが普通です。
でもサラが歩いているのを上からみるとどうみてもお腹周りが一番太い。
上から見ると頭をヘタに見立てた茄子のような感じです。
動物の中ではちょうど今年の干支の猪に一番近い体型でしょうか。
そういえば、我が家の散歩係りだった長男が昨年一人暮らしを始めてからというもの、散歩については随分手抜きをしていました。
そこへ食事量が増えたのだから当然の結果です。
大きいお腹をゆらゆら振りながら歩いている愛犬の姿をまじまじ眺めながら、情けないと同時にあらためて飼い主としての怠慢ぶりを反省。

この写真を見てもお分かりいただけると思います。
正面から撮ると、胴体が頭より何回りも大きいのです。
ただどことなく愛嬌もあります。
写真を撮る時、声をかけると必ずカメラ目線で微笑みます。
この写真もかなりの望遠で撮ったのですが、私のカメラを見たとたんにこの笑顔です。
あと、ドッグフードをこういうのに変えました。

気がつけば、同い年同士。
犬が飼い主に似るとすれば、飼い犬を見て我が振り直せということでしょうか。
犬は自分では健康管理はしません。
これから朝晩も暖かくなってくることだし、一緒にがんばって外を歩くとするかな・・
追記
エントリーを読み直してみて、公式を計算間違いしているのを発見しました。
人間に換算したら61歳の間違いです。
私の方が歳は若かったけど、計算能力はかなり老化していたようです。^^;
犬のサラです。
今日の日曜日は久々に娘と一緒にそのサラを連れて遠くまで散歩しました。
風は冷たくて強かったけど、梅や早咲きの桜が美しい川の堤防沿いを娘と交代でリードを握りながら約1時間。
サラはメスのラブラドールです。娘が5歳の時に我が家に来ました。
犬は気の毒なことに、人間より早く歳をとります。
子犬時代は娘にとっては妹分だったのが、今ではすっかり追い越して8歳の老犬になってしまいました。
犬の8歳って人間では何歳になるのか?
漠然と老犬と書いてしまいましたが、ネットできちんと調べなおしてみました。
(こういうことだって、ブログに書く機会でもなければ案外調べないんですよね・・)
花王のペットサイトで犬と人間の標準年齢換算表というのがありました。
小型、中型犬と大型犬とでは若干の違いがあるようですが、多分大型犬。
このサイトによると大型犬の場合の人間年齢との換算公式は
12+(犬年齢―1)×7
なんだそうです。
この公式の犬年齢のところに8を入れて計算してみると・・
なんと51歳!?
ギョッ。来月その年齢になる私と同級生ではありませんか!
急遽、冒頭に書いた「老犬」という言葉を訂正したいと思います。
まだまだバリバリです。^^;
ただ最近そのサラで困ったことが・・
なぜかこの歳になってものすごく食欲が増進しているのです。
一日一回毎朝の食事を催促して朝早く暗いうちから吠えるようになったのです。
定刻までがまんさせればよいのですが、外で飼っているのでご近所の迷惑になります。
仕方なしに眠い目をこすって起きて食事をやります。
するとむこうは調子にのって翌日からの催促の時間が毎日少しずつ早くなる。
こちらもだんだん起きるのがつらくなってくるので、仕方なく夜寝る前にもう一度食事を与えることにしました。寝る前に満腹にしておけば、夜明け前から吠えることもないだろうとのことです。
その結果、なんとか朝暗いうちから吠えるのはおさまりました。
それでも以前の定刻にはきちんと催促してくるので、結局、朝は朝で与えなければなりません。
こうしてサラは1日1食だったところを2食制にすることに成功したのです。
まんまと作戦にしてやられました。
ところが・・
今日ゆっくり散歩しながら、その歩くスタイルを眺めていて愕然としました。
1日2食制になったこの数日間のうちに明らかに太っているのです!
ラブラドールといえば、胸が大きくてお腹はやややくびれているのが普通です。
でもサラが歩いているのを上からみるとどうみてもお腹周りが一番太い。
上から見ると頭をヘタに見立てた茄子のような感じです。
動物の中ではちょうど今年の干支の猪に一番近い体型でしょうか。
そういえば、我が家の散歩係りだった長男が昨年一人暮らしを始めてからというもの、散歩については随分手抜きをしていました。
そこへ食事量が増えたのだから当然の結果です。
大きいお腹をゆらゆら振りながら歩いている愛犬の姿をまじまじ眺めながら、情けないと同時にあらためて飼い主としての怠慢ぶりを反省。

この写真を見てもお分かりいただけると思います。
正面から撮ると、胴体が頭より何回りも大きいのです。
ただどことなく愛嬌もあります。
写真を撮る時、声をかけると必ずカメラ目線で微笑みます。
この写真もかなりの望遠で撮ったのですが、私のカメラを見たとたんにこの笑顔です。
あと、ドッグフードをこういうのに変えました。

気がつけば、同い年同士。
犬が飼い主に似るとすれば、飼い犬を見て我が振り直せということでしょうか。
犬は自分では健康管理はしません。
これから朝晩も暖かくなってくることだし、一緒にがんばって外を歩くとするかな・・
追記
エントリーを読み直してみて、公式を計算間違いしているのを発見しました。
人間に換算したら61歳の間違いです。
私の方が歳は若かったけど、計算能力はかなり老化していたようです。^^;
ベストセラー著者の講演
昨日、県内某ホテルで藤原正彦さんの講演を聞いてきました。
御存知の方も多いでしょうが、昨年の流行語大賞の「品格」という言葉の元になったベストセラー「国家の品格」の著者です。
私はどちらかと言えば身の回りの身近な問題にいつも振り回されている人間なので、こういった「国家の・・」とか「世界における・・」などという大げさなタイトルの書物を読むことはめったにないのですが、さすがにこの本はわりと早くに読んでいました。
今回お誘いいただいた講演会に出席させてもらったのも、本を読んで以来藤原さんのファンになっていたからです。
もちろん、ファンになるということと、その方が言われていることに100%賛同するということは違いますし、あれだけ過激な発言をされるのですからネット上で非常に批判的な意見が多いのも不思議ではないと思います。
ただ、私は藤原さんの意見が正解かどうかとは関係なく、あの世間の常識の流れに一石を投じる大胆かつ筋の通った痛快な発言が好きです。
ちなみに昨日の話によると藤原さんのご家族は、藤原さんが人前で講演することに反対されるのだそうです。何故かといえば、品格の話しをする本人に品格が無いということがバレてしまうからとのこと。
そういえば著書の冒頭にも「品格なき著者による、品格ある国家論」と述べられています。
こういった氏独特のユーモアを一見固いテーマの随所に挿入することで、過激な発言で硬直しがちな聞き手(読み手)の心をときほぐすのはさすがだと思います。
私にとって身近なことでもあり興味深かったのは、以前「教室の悪魔」の話題でもとりあげた子供のいじめ問題にも言及されていたところです。
そこで登場するのが「武士道精神」。
きっと言葉だけでひいてしまう方も多いでしょう。(笑)
でも、この精神を藤原さんが繰り返し言われた「卑怯を憎む気持ち」と解釈すれば私は大賛成です。
子供が小さいうちから大勢で一人の人間をいじめることは卑怯なことであることを徹底して教えなければいけない。なぜ卑怯なことがいけないのか?
それには何の理由もない。ただ「卑怯だからいけない!」・・なのだそうです。
この辺が納得です。
ただ、私も含め今このことを徹底できる大人が今の時代にどれほどいるか?です。
内容に触れ始めるとキリがありませんし、いろいろな方の意見があると思うのであえてこれ以上私の個人的な感想を書くのはやめておきます。
ただ、どうして「国家の品格」などという固いタイトルの本が270万部も売れるベストセラーになったのか?
ジャーナリストの日垣隆さんが著書でこんなことを書かれていたのを思い出しました。
インパクトのある文章の正体とは、読んだ人の約3割から反発を招く文章だと考えてください。逆に言うと、3割程度の人から反論や反発が来ない文章というのはたいした中身がないということです。
また、同時に「おもしろい文章とは何か?」で、井上ひさしさんの発言を引用して
・一見くだらないことを真面目に書く
・難しいことは易しく書く
・易しいことを深く書く
・深いことをおもしろく書く
と書かれています。
別にプロの作家と比べる必要もありませんが(笑)、
ちょっと我々ブロガーの参考になることかもしれませんね。
御存知の方も多いでしょうが、昨年の流行語大賞の「品格」という言葉の元になったベストセラー「国家の品格」の著者です。
私はどちらかと言えば身の回りの身近な問題にいつも振り回されている人間なので、こういった「国家の・・」とか「世界における・・」などという大げさなタイトルの書物を読むことはめったにないのですが、さすがにこの本はわりと早くに読んでいました。
今回お誘いいただいた講演会に出席させてもらったのも、本を読んで以来藤原さんのファンになっていたからです。
もちろん、ファンになるということと、その方が言われていることに100%賛同するということは違いますし、あれだけ過激な発言をされるのですからネット上で非常に批判的な意見が多いのも不思議ではないと思います。
ただ、私は藤原さんの意見が正解かどうかとは関係なく、あの世間の常識の流れに一石を投じる大胆かつ筋の通った痛快な発言が好きです。
ちなみに昨日の話によると藤原さんのご家族は、藤原さんが人前で講演することに反対されるのだそうです。何故かといえば、品格の話しをする本人に品格が無いということがバレてしまうからとのこと。
そういえば著書の冒頭にも「品格なき著者による、品格ある国家論」と述べられています。
こういった氏独特のユーモアを一見固いテーマの随所に挿入することで、過激な発言で硬直しがちな聞き手(読み手)の心をときほぐすのはさすがだと思います。
私にとって身近なことでもあり興味深かったのは、以前「教室の悪魔」の話題でもとりあげた子供のいじめ問題にも言及されていたところです。
そこで登場するのが「武士道精神」。
きっと言葉だけでひいてしまう方も多いでしょう。(笑)
でも、この精神を藤原さんが繰り返し言われた「卑怯を憎む気持ち」と解釈すれば私は大賛成です。
子供が小さいうちから大勢で一人の人間をいじめることは卑怯なことであることを徹底して教えなければいけない。なぜ卑怯なことがいけないのか?
それには何の理由もない。ただ「卑怯だからいけない!」・・なのだそうです。
この辺が納得です。
ただ、私も含め今このことを徹底できる大人が今の時代にどれほどいるか?です。
内容に触れ始めるとキリがありませんし、いろいろな方の意見があると思うのであえてこれ以上私の個人的な感想を書くのはやめておきます。
ただ、どうして「国家の品格」などという固いタイトルの本が270万部も売れるベストセラーになったのか?
ジャーナリストの日垣隆さんが著書でこんなことを書かれていたのを思い出しました。
インパクトのある文章の正体とは、読んだ人の約3割から反発を招く文章だと考えてください。逆に言うと、3割程度の人から反論や反発が来ない文章というのはたいした中身がないということです。
また、同時に「おもしろい文章とは何か?」で、井上ひさしさんの発言を引用して
・一見くだらないことを真面目に書く
・難しいことは易しく書く
・易しいことを深く書く
・深いことをおもしろく書く
と書かれています。
別にプロの作家と比べる必要もありませんが(笑)、
ちょっと我々ブロガーの参考になることかもしれませんね。
カニの町でのあれこれ
先月は3日に一度の更新ペースを死守(?)してきた私のブログも、ついに月の替わり目のゴタゴタなどでちょっと間隔が空いてしまいました。
特に昨日から今日にかけては泊まりの出張だったこともあって、めずらしく48時間近くもパソコンに触れることがありませんでした。
普通は出張してもたいてい泊まるのはビジネスホテルなので、結構ネット環境があるのですが、今回泊まった宿は実を言うとカニ民宿だったものですからからそういうわけには行きません。(笑)
出張先は浜坂という兵庫県日本海側の温泉町。松葉ガニの水揚げ量は日本一とか。
町の特徴を出そうということなんでしょうね。ここではカニソムリエ制度というのまでできたのだそうです。
「なんだ出張と言っても、カニ食い旅行かい!」と言われそうですが、ちょっと言い訳しておくと (別に言い訳する必要はないのですが)、遠隔地の経営者仲間と定期的に大阪に集まってやっている勉強会があるのですが、今年最初の今回は宿泊宴会付きでやろうということになり、「どうせなら・・」ということで、カニで有名な浜坂から来られているメンバーの方の会社を会場にさせてもらったのです。
カーナビだけを頼りに車を飛ばすこと4時間半。
雪がひとかけらもないハチ北高原を眺めながら、無事正午にカニの町浜坂に到着。
関西、四国、関東などからメンバー9人が集合したところで、午後は会議室に缶詰でプレゼン合戦とディスカッションです。
今回は終了後のカニ宴会が控えているだけに、一段と気合充実でした。
そして終了後は、いよいよ近所の民宿に移動して待ちに待ったカニづくしの宴会。
茹でカニ、焼きカニ、カニ刺身、カニみそ、カニしゃぶしゃぶ・・ともうこれ以上は食べれないというくらいにカニを堪能させてもらってきました。
とことん食べて飲んで話しこんで、最後はどんな風に布団に入って寝たのか記憶がありません。
ただ一夜明けた部屋のテーブルには残骸の芋焼酎の一升瓶がポツンと置かれてあり、二次会の最後までしつこく飲んでいたことの証拠物件となっています。

この瓶を含めて、9人のメンバーで昨夜空けた芋焼酎が3本。その前にはもちろん、ビールや日本酒が相当量出されてるので、記憶がないのもなんとなく納得。
それにしてもこの焼酎のラベルにはデカデカと「黒麹造り」。
私が焼酎を選ぶ時に惹かれる言葉ですが、でもそれって製法を現す言葉のはず。
それを焼酎の名前にしてしまうとは・・?
良くみるとその右肩に「ハイカラさんの」と書いてあります。つまりは「ハイカラさんの黒麹造り」というのが正式な名称なのでしょう。
ちなみにこの「黒麹造り」とカニ料理との相性は・・?
飲んだ量から充分想像していただけると思います。(笑)
もっとも、あのカニ料理ならどんな酒でもおいしいのでしょうが・・
一夜明けた朝食はたいてい前夜の飲みすぎの反省会になります。(笑)
でもいくら深酒をしても旅館の朝ごはんっておいしいですよね。
特にカレイの一夜干しが最高でした。
そんな朝食を食べながら誰からともなく、こんな話題が出ました。
カニを数える時、一杯二杯と数えるのはなんでだろう?
飲み物じゃあるまいし。
そういえばイカも一杯二杯と数える。
メンバーの一人が、「イカはイカ徳利というのがある。カニも甲羅に酒を入れて飲んだりする。だからじゃないか?」と言い出しました。
その彼の発想はなかなかおもしろいが、少なくともイカ徳利が出来る前からイカは一杯二杯と数えられていたと思う。
そうとなったら、ここはせっかくカニソムリエの町なんだから・・
ということで帰り際に民宿のおかみさんに尋ねてみました。
「なんでカニは一杯二杯と数えるんですかね?」
そしたら意外な返事。
「一杯二杯? 私たちはそんな数え方をしません。カニは一匹二匹と数えていますよ。」
まるで肩透かしをくらった感じです。
不思議に思いながら民宿を出て近くの土産物店に立ち寄りました。
当然ながらそこには活カニがたくさん売られているわけですが、
なんと今度は値段書きのところに一枚、二枚と書かれているではありませんか?
やはり売り子のおばさんに聞いてみました。こうなったらとことん追求です。
そしたら「カニは一枚二枚と数えます!」ときっぱり。

私のカニ知識はカニソムリエの町で混乱してしまいました。
この町の人たちはみんなカニと関わって生きてこられたわけです。
おそらくそれぞれの人のカニとの関り方が数え方にもあらわれて、それが伝統になっているのではないか?
そこで私なりに勝手に理由付けをしてみました。
・カニを酒の肴と考える人は、カニで飲むイメージをするので一杯二杯と数える。
・カニを料理する立場の人は、生き物をさばくので一匹二匹と数える。
・カニを商品として販売しようとする人は、美しく聞こえるように一枚二枚と数える。
これまったく私の勝手な推測です。(笑)
最後に帰り道で、目の当たりにして感動した余部鉄橋の写真を一枚。
前回書いた新しいカメラの広角28mmが早速役にたってくれました。
特に昨日から今日にかけては泊まりの出張だったこともあって、めずらしく48時間近くもパソコンに触れることがありませんでした。
普通は出張してもたいてい泊まるのはビジネスホテルなので、結構ネット環境があるのですが、今回泊まった宿は実を言うとカニ民宿だったものですからからそういうわけには行きません。(笑)
出張先は浜坂という兵庫県日本海側の温泉町。松葉ガニの水揚げ量は日本一とか。
町の特徴を出そうということなんでしょうね。ここではカニソムリエ制度というのまでできたのだそうです。
「なんだ出張と言っても、カニ食い旅行かい!」と言われそうですが、ちょっと言い訳しておくと (別に言い訳する必要はないのですが)、遠隔地の経営者仲間と定期的に大阪に集まってやっている勉強会があるのですが、今年最初の今回は宿泊宴会付きでやろうということになり、「どうせなら・・」ということで、カニで有名な浜坂から来られているメンバーの方の会社を会場にさせてもらったのです。
カーナビだけを頼りに車を飛ばすこと4時間半。
雪がひとかけらもないハチ北高原を眺めながら、無事正午にカニの町浜坂に到着。
関西、四国、関東などからメンバー9人が集合したところで、午後は会議室に缶詰でプレゼン合戦とディスカッションです。
今回は終了後のカニ宴会が控えているだけに、一段と気合充実でした。
そして終了後は、いよいよ近所の民宿に移動して待ちに待ったカニづくしの宴会。
茹でカニ、焼きカニ、カニ刺身、カニみそ、カニしゃぶしゃぶ・・ともうこれ以上は食べれないというくらいにカニを堪能させてもらってきました。
とことん食べて飲んで話しこんで、最後はどんな風に布団に入って寝たのか記憶がありません。
ただ一夜明けた部屋のテーブルには残骸の芋焼酎の一升瓶がポツンと置かれてあり、二次会の最後までしつこく飲んでいたことの証拠物件となっています。

この瓶を含めて、9人のメンバーで昨夜空けた芋焼酎が3本。その前にはもちろん、ビールや日本酒が相当量出されてるので、記憶がないのもなんとなく納得。
それにしてもこの焼酎のラベルにはデカデカと「黒麹造り」。
私が焼酎を選ぶ時に惹かれる言葉ですが、でもそれって製法を現す言葉のはず。
それを焼酎の名前にしてしまうとは・・?
良くみるとその右肩に「ハイカラさんの」と書いてあります。つまりは「ハイカラさんの黒麹造り」というのが正式な名称なのでしょう。
ちなみにこの「黒麹造り」とカニ料理との相性は・・?
飲んだ量から充分想像していただけると思います。(笑)
もっとも、あのカニ料理ならどんな酒でもおいしいのでしょうが・・
一夜明けた朝食はたいてい前夜の飲みすぎの反省会になります。(笑)
でもいくら深酒をしても旅館の朝ごはんっておいしいですよね。
特にカレイの一夜干しが最高でした。
そんな朝食を食べながら誰からともなく、こんな話題が出ました。
カニを数える時、一杯二杯と数えるのはなんでだろう?
飲み物じゃあるまいし。
そういえばイカも一杯二杯と数える。
メンバーの一人が、「イカはイカ徳利というのがある。カニも甲羅に酒を入れて飲んだりする。だからじゃないか?」と言い出しました。
その彼の発想はなかなかおもしろいが、少なくともイカ徳利が出来る前からイカは一杯二杯と数えられていたと思う。
そうとなったら、ここはせっかくカニソムリエの町なんだから・・
ということで帰り際に民宿のおかみさんに尋ねてみました。
「なんでカニは一杯二杯と数えるんですかね?」
そしたら意外な返事。
「一杯二杯? 私たちはそんな数え方をしません。カニは一匹二匹と数えていますよ。」
まるで肩透かしをくらった感じです。
不思議に思いながら民宿を出て近くの土産物店に立ち寄りました。
当然ながらそこには活カニがたくさん売られているわけですが、
なんと今度は値段書きのところに一枚、二枚と書かれているではありませんか?
やはり売り子のおばさんに聞いてみました。こうなったらとことん追求です。
そしたら「カニは一枚二枚と数えます!」ときっぱり。

私のカニ知識はカニソムリエの町で混乱してしまいました。
この町の人たちはみんなカニと関わって生きてこられたわけです。
おそらくそれぞれの人のカニとの関り方が数え方にもあらわれて、それが伝統になっているのではないか?
そこで私なりに勝手に理由付けをしてみました。
・カニを酒の肴と考える人は、カニで飲むイメージをするので一杯二杯と数える。
・カニを料理する立場の人は、生き物をさばくので一匹二匹と数える。
・カニを商品として販売しようとする人は、美しく聞こえるように一枚二枚と数える。
これまったく私の勝手な推測です。(笑)
最後に帰り道で、目の当たりにして感動した余部鉄橋の写真を一枚。
前回書いた新しいカメラの広角28mmが早速役にたってくれました。


