“晴耕雨読”な夜
久しぶりに晩酌で飲む芋焼酎の話題です。
食卓の上に常時5~6種類の芋焼酎の瓶をズラッと並べ、その日の気分で選んで飲んでいます。
昨夜、ふと気がつくとそのほとんどの瓶が一斉に空になりかけていました。
そういえば、最近はパソコンの買換えや家族のインフルエンザやなんやかやでバタバタしていて、長い間焼酎の仕入れが出来ていなかったのです。
それにしても最近一本の瓶が空くペースが早くなった気がします。
忘新年会時期と比べて外で飲む機会が減って、それだけおとなしく家で飲んでいるということでもありますが、あきらかに一日の飲む量も増えています。
どうも以前記事にも書いた500mlのカップを愛用し始めてからペースが上がった気がします。
ちょっとやばい傾向です。
せめて一本の瓶を空にするペースが、ブログに一件記事をエントリーするペースを追い越さないようにしようと密かに思っているのですが、最近はそれすら危ない!
そこで、今まで四合瓶で買っていたのを一升瓶で買うことにしました。
(全然、本質的な問題解決にはなっていないのですが・・)

それはそうとして、空になると食卓の上から退場してしまう名残惜しい瓶たち。
そんな中で、最近一番存在感があったのが晴耕雨読のかめ壷仕込み(白麹造り)の一升瓶です。あの雰囲気のあるラベルの瓶が食卓の上から消えてしまうのが寂しくて、せめて何か書いて残しておくことにします。
私もつい最近知ったことなのですが、晴耕雨読といっても製法の違うものが何種類かあります。以前、あるお店で飲んだレギュラーの晴耕雨読は米焼酎がブレンドしてあるせいか、マイルド過ぎて、芋としてはちょっと物足りなかったという話をこのブログに書きました。
そしたらmakanaiyaさんのご主人から、守山の酒酎屋さんにこれの「かめ壷仕込み」が置いてあったよという情報をコメントでいただき、それで通りすがりの時に買ってきたものです。
こういうところが「滋賀咲く」ならではのありがたさですよね。
この「かめ壷仕込み」は季節限定品で結構販売本数が限られていたらしく、他の店では目にしたことがありませんでした。
(後でわかったのですが、ネットではその時点でも既に売り切れか、残っていたらかなりの高値がついていました。そう思うと酒酎屋さん、本当にありがたいお店です!)
「かめ壷仕込み」はさすがにレギュラー以上にしっかりした芋の香味があります。それでいて上品でマイルドな味わいはそのままなので、寝る前に生で味わったりしてもスッキリさわやか気分でした。
黒麹もあるということなので、今年の発売時期には是非入手しようと企んでいます。
この銘柄は味わいももちろんですが、なんといってもネーミングが印象的。
ではこの“晴耕雨読”という四字熟語の意味はというと・・
「晴れた日は外に出て耕し、雨の日は家に居て書を読むこと」
これはそのまんま文字通りです。
ただこの言葉をどういう解釈で使うかは人によって若干の違いがあるようです。
「与えられた自然環境に逆らうことなく、その時できることを努力する」という感じで使われる場合と
「自分の好きなことをして悠々と生きる」という意味で使われる場合です。
私はこれまではてっきり前者とばかり思っていました。
でもちょっとあちこち調べてみると、どうも一般では後者が本当の意味だと言われているみたいですね。
広辞苑にも「自適の生活をいう」と付加されています。
さらに「自適」という意味を調べると、「何事にも束縛されず心のままに楽しむこと。」
ウーン、あこがれる言葉。
焼酎を飲んでもただの酔っ払いにはならない!・・これでちょっとは勉強です。(笑)
ただ、普通の社会人ではそんな自由な生活のできる人はほとんど居ないでしょうね。
私なんぞは今までの人生で染み付いた性なのでしょうか、
どちらかと言えば自由きままでいるよりは、多少の束縛や回りからのプレッシャーが有った方がさびしくなくて、張り合いをもってがんばれるタイプのような気がします。
でも人生そればっかりでもちょっとツライ。
一日の仕事を終え、晩酌をゆっくり味わう。
それが2杯目、3杯目とさしかかってほろ酔い気分になる。
あとは、テレビを見ながらゴロンと横になる。
そうかと思えば、今夜のように突然パソコンに向ってキーボードをたたき出す。
本を読み出したかと思うと、突然バタンと眠る。
私の生活も、焼酎を数杯飲んだ後は、ちょっとした晴耕雨読なのです。
もちろん、「何事にも束縛されず心のままに楽しむ」という意味で。
そんな気分に今夜もさせてくれた晴耕雨読に感謝・・
食卓の上に常時5~6種類の芋焼酎の瓶をズラッと並べ、その日の気分で選んで飲んでいます。
昨夜、ふと気がつくとそのほとんどの瓶が一斉に空になりかけていました。
そういえば、最近はパソコンの買換えや家族のインフルエンザやなんやかやでバタバタしていて、長い間焼酎の仕入れが出来ていなかったのです。
それにしても最近一本の瓶が空くペースが早くなった気がします。
忘新年会時期と比べて外で飲む機会が減って、それだけおとなしく家で飲んでいるということでもありますが、あきらかに一日の飲む量も増えています。
どうも以前記事にも書いた500mlのカップを愛用し始めてからペースが上がった気がします。
ちょっとやばい傾向です。
せめて一本の瓶を空にするペースが、ブログに一件記事をエントリーするペースを追い越さないようにしようと密かに思っているのですが、最近はそれすら危ない!
そこで、今まで四合瓶で買っていたのを一升瓶で買うことにしました。
(全然、本質的な問題解決にはなっていないのですが・・)
それはそうとして、空になると食卓の上から退場してしまう名残惜しい瓶たち。
そんな中で、最近一番存在感があったのが晴耕雨読のかめ壷仕込み(白麹造り)の一升瓶です。あの雰囲気のあるラベルの瓶が食卓の上から消えてしまうのが寂しくて、せめて何か書いて残しておくことにします。
私もつい最近知ったことなのですが、晴耕雨読といっても製法の違うものが何種類かあります。以前、あるお店で飲んだレギュラーの晴耕雨読は米焼酎がブレンドしてあるせいか、マイルド過ぎて、芋としてはちょっと物足りなかったという話をこのブログに書きました。
そしたらmakanaiyaさんのご主人から、守山の酒酎屋さんにこれの「かめ壷仕込み」が置いてあったよという情報をコメントでいただき、それで通りすがりの時に買ってきたものです。
こういうところが「滋賀咲く」ならではのありがたさですよね。
この「かめ壷仕込み」は季節限定品で結構販売本数が限られていたらしく、他の店では目にしたことがありませんでした。
(後でわかったのですが、ネットではその時点でも既に売り切れか、残っていたらかなりの高値がついていました。そう思うと酒酎屋さん、本当にありがたいお店です!)
「かめ壷仕込み」はさすがにレギュラー以上にしっかりした芋の香味があります。それでいて上品でマイルドな味わいはそのままなので、寝る前に生で味わったりしてもスッキリさわやか気分でした。
黒麹もあるということなので、今年の発売時期には是非入手しようと企んでいます。
この銘柄は味わいももちろんですが、なんといってもネーミングが印象的。
ではこの“晴耕雨読”という四字熟語の意味はというと・・
「晴れた日は外に出て耕し、雨の日は家に居て書を読むこと」
これはそのまんま文字通りです。
ただこの言葉をどういう解釈で使うかは人によって若干の違いがあるようです。
「与えられた自然環境に逆らうことなく、その時できることを努力する」という感じで使われる場合と
「自分の好きなことをして悠々と生きる」という意味で使われる場合です。
私はこれまではてっきり前者とばかり思っていました。
でもちょっとあちこち調べてみると、どうも一般では後者が本当の意味だと言われているみたいですね。
広辞苑にも「自適の生活をいう」と付加されています。
さらに「自適」という意味を調べると、「何事にも束縛されず心のままに楽しむこと。」
ウーン、あこがれる言葉。
焼酎を飲んでもただの酔っ払いにはならない!・・これでちょっとは勉強です。(笑)
ただ、普通の社会人ではそんな自由な生活のできる人はほとんど居ないでしょうね。
私なんぞは今までの人生で染み付いた性なのでしょうか、
どちらかと言えば自由きままでいるよりは、多少の束縛や回りからのプレッシャーが有った方がさびしくなくて、張り合いをもってがんばれるタイプのような気がします。
でも人生そればっかりでもちょっとツライ。
一日の仕事を終え、晩酌をゆっくり味わう。
それが2杯目、3杯目とさしかかってほろ酔い気分になる。
あとは、テレビを見ながらゴロンと横になる。
そうかと思えば、今夜のように突然パソコンに向ってキーボードをたたき出す。
本を読み出したかと思うと、突然バタンと眠る。
私の生活も、焼酎を数杯飲んだ後は、ちょっとした晴耕雨読なのです。
もちろん、「何事にも束縛されず心のままに楽しむ」という意味で。
そんな気分に今夜もさせてくれた晴耕雨読に感謝・・


