天井川
昨夜はお世話になっているお取引先との新年会。
いつまで新年会やっとんのや!・・と思われそうですが、1月も今日でおしまい。
さすがに「新年会」という名目で宴会ができるのもこれが最終でしょうね。(笑)
会場は草津駅近くの「天井川」。
この店のオーナーさんはもともと建築会社の経営者で古くから存知あげている方ですが、ご自分で「趣味が昂じて自分の店をもった」とおっしゃるだけあって、素材や盛り付けにもかなりなこだわりがあります。
私も遠方からお客さんがこられた時など、ちょっとしたもてなしの時に良く利用させてもらっています。
幹事役の私はちょっと早めに入ったので、まずは“今日の芋”として以前から名前は気になっていたけどまだ一度も飲んだことがないという晴耕雨読をキープしました。
とりあえず、他のメンバーを待つ間に記念にパチリ。

その味わいは・・
あまり芋焼酎らしくないシンプルな白いボトルそのままに、芋のクセや甘みもおさえ気味でスッキリしたものでした。
私はどうもこの頃、かなり芋臭くなければ満足しないようになってしまったようで、この上品な晴耕雨読にも正直少し物足りなさを感じていましたが、後でちょっと調べてみたら米焼酎がブランドされているとのこと。
今にして思えば、「ああそうだったのか、なるほど~っ!」という感じですが、結果的にあの人数で知らない間に2本が空いていましたので皆さんへの受けは良かったようです。
(2本空けていたのではボトルキープした意味がないですよね・・)
ところでこのお店の天井川という名前は、近くを流れる草津川が全国的にもめずらしい“天井川”であることからつけられたものです。
天井川の意味は御存知とは思いますが、万一小学生が社会科の勉強で天井川を検索で調べてここにたどりついた場合のことを考えて (そんな子供が焼酎ブログを読むとは思えませんが・・)、念のためにやさしく説明しておきますと、^^;
天井川とは川底が高いために道路がその下をトンネルでくぐっているような川のこと。
どうしてそんな川ができたかといえば、
まず山から砂や土が流れてきて川底がだんだんと高くなってきます。
川底が高くなると大雨の時に川が溢れてしまうので、今度は堤防をつくります。
するとその堤防の間に砂や土が貯まりやすくなって、ますます川底が高くなります。
それを繰り返していくうちに、ついには川底が近所の家の屋根ぐらいにまで高くなったりして天井川になってしまったのです。
私の小学校の時の社会の教科書 (もちろん教科書ですから全国版です!) に、天井川の例として草津川が写真で載せられていましたので、全国的にもかなり典型的な天井川だったのでしょう。
事実、国道一号線やJRといった主要交通路が川底をくぐっているのですから。
草津川をご存じない人でも、JR上り線で草津駅に着く直前に一瞬通過するトンネルがその川底をくぐるものと言えばおわかりかと思います。
実は私は生まれてから高校時代までこの草津川のそばで過ごしました。
特に幼少時代は絶好の遊び場で、さまざまな思い出が堤防の各地に残っています。
やはり天井川だけあって街並より一段高い堤防から風景を眺めるのが好きでした。
子供の頃に一番気に入っていたビューポイントはJR(当時の国鉄)の線路がくぐっていたトンネルの上から線路を眺めるところです。
堤斜面の草むらに座ってはるかかなたへ伸びる線路を眺めていると、向こうからやってくる電車がだんだん大きくなって、やがて自分の真下のトンネルに突入していく。
逆に轟音が響いたかと思えば、トンネルからいきなり電車が登場する瞬間。
子供心にワクワクするようなスリルがありました。
かなり覗き込みようにして見下ろしていたので、いま思えば良く落ちなかったなぁと思います。

この写真の丸いトンネルは、現役のJR線の隣にあって当時からのもの。
当時でもほとんど使われていなかったので、
たまに堤防から下にかけ降りてこのトンネルの中でも遊びました。
古い煉瓦作りの真っ暗なトンネルが子供心にはおどろおどろしく感じたものです。
そういえば、映画「千と千尋の神隠し」で最初に千尋の家族がトンネルをくぐるシーンを見た時、私は子供の頃に遊んだこのトンネルを思い出しました。
こんな天井川も、今は水の流れは新草津川に移り、各所で平地化工事が進められています。
街の発展の一方で古い思い出の場所がどんどん消えていくのを寂しさも感じますが、そんな中でこの丸いトンネルは今も昔のおもかげを残し懐かしいです。
入り口は背の高い草むらに覆われ、今は人も寄り付くことはないのでしょう。
思い切って真っ暗なトンネルの中へ入ってみたら?
ひょっとして映画のように、そこには別世界が存在しているのかも。
例えば40年前の子供時代の世界が待っていてくれたりして・・
あ、昨夜も飲みすぎたのでしょうか・・
いつまで新年会やっとんのや!・・と思われそうですが、1月も今日でおしまい。
さすがに「新年会」という名目で宴会ができるのもこれが最終でしょうね。(笑)
会場は草津駅近くの「天井川」。
この店のオーナーさんはもともと建築会社の経営者で古くから存知あげている方ですが、ご自分で「趣味が昂じて自分の店をもった」とおっしゃるだけあって、素材や盛り付けにもかなりなこだわりがあります。
私も遠方からお客さんがこられた時など、ちょっとしたもてなしの時に良く利用させてもらっています。
幹事役の私はちょっと早めに入ったので、まずは“今日の芋”として以前から名前は気になっていたけどまだ一度も飲んだことがないという晴耕雨読をキープしました。
とりあえず、他のメンバーを待つ間に記念にパチリ。
その味わいは・・
あまり芋焼酎らしくないシンプルな白いボトルそのままに、芋のクセや甘みもおさえ気味でスッキリしたものでした。
私はどうもこの頃、かなり芋臭くなければ満足しないようになってしまったようで、この上品な晴耕雨読にも正直少し物足りなさを感じていましたが、後でちょっと調べてみたら米焼酎がブランドされているとのこと。
今にして思えば、「ああそうだったのか、なるほど~っ!」という感じですが、結果的にあの人数で知らない間に2本が空いていましたので皆さんへの受けは良かったようです。
(2本空けていたのではボトルキープした意味がないですよね・・)
ところでこのお店の天井川という名前は、近くを流れる草津川が全国的にもめずらしい“天井川”であることからつけられたものです。
天井川の意味は御存知とは思いますが、万一小学生が社会科の勉強で天井川を検索で調べてここにたどりついた場合のことを考えて (そんな子供が焼酎ブログを読むとは思えませんが・・)、念のためにやさしく説明しておきますと、^^;
天井川とは川底が高いために道路がその下をトンネルでくぐっているような川のこと。
どうしてそんな川ができたかといえば、
まず山から砂や土が流れてきて川底がだんだんと高くなってきます。
川底が高くなると大雨の時に川が溢れてしまうので、今度は堤防をつくります。
するとその堤防の間に砂や土が貯まりやすくなって、ますます川底が高くなります。
それを繰り返していくうちに、ついには川底が近所の家の屋根ぐらいにまで高くなったりして天井川になってしまったのです。
私の小学校の時の社会の教科書 (もちろん教科書ですから全国版です!) に、天井川の例として草津川が写真で載せられていましたので、全国的にもかなり典型的な天井川だったのでしょう。
事実、国道一号線やJRといった主要交通路が川底をくぐっているのですから。
草津川をご存じない人でも、JR上り線で草津駅に着く直前に一瞬通過するトンネルがその川底をくぐるものと言えばおわかりかと思います。
実は私は生まれてから高校時代までこの草津川のそばで過ごしました。
特に幼少時代は絶好の遊び場で、さまざまな思い出が堤防の各地に残っています。
やはり天井川だけあって街並より一段高い堤防から風景を眺めるのが好きでした。
子供の頃に一番気に入っていたビューポイントはJR(当時の国鉄)の線路がくぐっていたトンネルの上から線路を眺めるところです。
堤斜面の草むらに座ってはるかかなたへ伸びる線路を眺めていると、向こうからやってくる電車がだんだん大きくなって、やがて自分の真下のトンネルに突入していく。
逆に轟音が響いたかと思えば、トンネルからいきなり電車が登場する瞬間。
子供心にワクワクするようなスリルがありました。
かなり覗き込みようにして見下ろしていたので、いま思えば良く落ちなかったなぁと思います。
この写真の丸いトンネルは、現役のJR線の隣にあって当時からのもの。
当時でもほとんど使われていなかったので、
たまに堤防から下にかけ降りてこのトンネルの中でも遊びました。
古い煉瓦作りの真っ暗なトンネルが子供心にはおどろおどろしく感じたものです。
そういえば、映画「千と千尋の神隠し」で最初に千尋の家族がトンネルをくぐるシーンを見た時、私は子供の頃に遊んだこのトンネルを思い出しました。
こんな天井川も、今は水の流れは新草津川に移り、各所で平地化工事が進められています。
街の発展の一方で古い思い出の場所がどんどん消えていくのを寂しさも感じますが、そんな中でこの丸いトンネルは今も昔のおもかげを残し懐かしいです。
入り口は背の高い草むらに覆われ、今は人も寄り付くことはないのでしょう。
思い切って真っ暗なトンネルの中へ入ってみたら?
ひょっとして映画のように、そこには別世界が存在しているのかも。
例えば40年前の子供時代の世界が待っていてくれたりして・・
あ、昨夜も飲みすぎたのでしょうか・・
共感力というパワー
先週、高松の親友が仕事関係の会合で京都に来たので、夜は彼と一緒に飲みました。
彼は同じ業界の経営者で私とは年齢も近く、普段からメールで良く情報交換をしています。本音で語りあえる、お互いにとっての良きアドバイザーでもあります。
彼と会う時の彼のお土産はいつもは讃岐うどん。(笑)
でも今回、そんな彼が「今日のお土産!」と言って私にくれたのは一冊の本でした。
讃岐うどんも私の大好物なのですが、遠くからやってきたお土産として自分が感動した本を持ってきてくれる彼の気持ちがまたうれしい!
本のタイトルは「共感力」(平野秀典著)。
先週は新年会続きだったので、ようやく日曜日の今日その本を読むことができました。
結論から言えば、近年に読んだビジネス書の中で群を抜く「目からウロコ」でした!
そもそも「共感力」ってなんでしょう?
『「共感力」とは、人に「共感できる力」であり、人に「共感される力」でもあります。
共感力を通じて感動が共有された瞬間、そこには「共演者」という存在が生まれ、圧倒的なチームパワーが発生するのです。』
『「共感力」は双方通行の能力であり、他人の感情に共感できるだけでなく、他人に共感を巻き起こす能力でもあります。』
誰もがついつい自分中心の感覚で「私」が主語の会話をしてしまいがちです。
でもそれには「共感力」はありません。
相手と感動を共有することもできません。
ビジネスの世界で言えば、自分の会社や商品を主語にするのではなくお客様を主語にして、その方が満足されるシーンをイメージされるようにお話することなんですよね。
会社では、社員に対して「カタログ言葉でセールスするな」と良く言ってきました。
「商品に対する自分の体験、自分の感動を自分の言葉でお話しよう!」と。
この本を読んで、無意識に「共感力」を求めていたのかなぁと気づかされます。
私自身の反省もズキっと感じました。
社員が成果を上げて報告してきたときに、心から一緒に喜びを表現してあげていただろうか?
家に帰って家族が一生懸命に話しかけてくる。 自分が仕事に疲れていた時、話かける家内や子供の話に真剣に共感してあげていなかった自分がいたなぁ・・と。
決してわざとらしくそうするんじゃなくて、相手の立場に立ってみれば自然にできることです。
そういえば、愛情の反対語は「無関心」、いじめで一番陰湿なものは「シカト」。
会社でも家庭でも学校のクラスでも飲み会でも(笑)、「共感する力」は人と人とのコミュニケーションの世界でものすごく大切なものだと思います。

なんで、本の横に貴匠蔵が置いてあるのか?(笑)
最近気に入った1本で、昨夜空にしてしまった瓶です。
そこで自分にちょっと“課題”を出してみました。
私がもし酒屋さんで、お客にコイツを売ろうとすればどうこれを紹介するか?
「これは黒麹でつくられて甕壺仕込みで熟成されているので、香りもコクもいいですよ。」
これ普通の酒屋さんです。一般商品で言えばカタログ言葉です。
「今晩お鍋にしませんか? 暖か~ぃ鍋料理と一緒にこれをロックでキュッとやると最高なんですよ! ポン酢のさっぱり酸味と黒麹独特の甘みとコクがものすごく合うんですよねぇ!」
これで、ちょっとは自分の感動が相手に伝えられるかな?
もう一つ、今度はプロの例です。
本の中でBMWの広告のコピーが紹介されていました。
随分前のコピーのようですので、検索するといろんな方のブログでも紹介されているようでしたが、恥ずかしながら私はこの本で初めて読みました。
(BMWには縁がないもので・・^^;)
ご存知の方はいまさら・・と思われるかもしれませんが気に入ったので紹介します。
「人生に多くのことを求める人へ、BMW」
大人の哲学をもち、子どものような純粋さを持つ人。
主流なのに、心は反主流である人。
スーツを着こなすが、ジーンズもはきこなす人。
人生も語れるが、ジョークもうまい人。
有意義も好きだが、無意味なことも好きな人。
ワインにも詳しいが、恐竜にも詳しい人。
常識は持っているが、決して縛られない人。
ITには強いが、手紙は万年筆で書く人。
家庭を愛しているが、時には家庭を忘れられる人。
孤独も好きだが、社交も上手な人。
常に冷静だが、時に情熱的になれる人。
クラシックも聴くが、ロックも愛している人。
自信はあっても、過信はしない人。
美術館にも行くが、ジムにも行く人。
協調もできるが、反論もできる人。
夜更かしはするが、朝きちんと起きる人。
守るものが多くても、冒険できる人。
部下には優しいが、上司には厳しい人。
食べるのも好きだが、料理もできる人。
上質にこだわるが、贅沢は好きじゃない人。
自分の誕生日は忘れても、約束の時間は守る人。
「BMWは・・」という広告ではなく、相手つまりお客に自分のシーンをイメージさせるものです。BMWはあくまでそのシーンの共演者となるわけです。
あこがれる生き方と、いかにもそれに似合いそうなBMWをイメージして「うーん、欲しい!・・」と思ってしまうのでしょう。
相手の立場にたって共感してもらえるように表現する努力。
相手の立場にたって共感しようとする気持ち。
そういえば、ブログでコメントをいただくとやっぱりうれしい。
その方に「ありがとう!」という気持ち、そして親近感を覚えます。
これもコメントを書いてくださる方の「共感力」なのだと思います。
あ、別にコメントを要求してるわけではございません。(笑)
彼は同じ業界の経営者で私とは年齢も近く、普段からメールで良く情報交換をしています。本音で語りあえる、お互いにとっての良きアドバイザーでもあります。
彼と会う時の彼のお土産はいつもは讃岐うどん。(笑)
でも今回、そんな彼が「今日のお土産!」と言って私にくれたのは一冊の本でした。
讃岐うどんも私の大好物なのですが、遠くからやってきたお土産として自分が感動した本を持ってきてくれる彼の気持ちがまたうれしい!
本のタイトルは「共感力」(平野秀典著)。
先週は新年会続きだったので、ようやく日曜日の今日その本を読むことができました。
結論から言えば、近年に読んだビジネス書の中で群を抜く「目からウロコ」でした!
そもそも「共感力」ってなんでしょう?
『「共感力」とは、人に「共感できる力」であり、人に「共感される力」でもあります。
共感力を通じて感動が共有された瞬間、そこには「共演者」という存在が生まれ、圧倒的なチームパワーが発生するのです。』
『「共感力」は双方通行の能力であり、他人の感情に共感できるだけでなく、他人に共感を巻き起こす能力でもあります。』
誰もがついつい自分中心の感覚で「私」が主語の会話をしてしまいがちです。
でもそれには「共感力」はありません。
相手と感動を共有することもできません。
ビジネスの世界で言えば、自分の会社や商品を主語にするのではなくお客様を主語にして、その方が満足されるシーンをイメージされるようにお話することなんですよね。
会社では、社員に対して「カタログ言葉でセールスするな」と良く言ってきました。
「商品に対する自分の体験、自分の感動を自分の言葉でお話しよう!」と。
この本を読んで、無意識に「共感力」を求めていたのかなぁと気づかされます。
私自身の反省もズキっと感じました。
社員が成果を上げて報告してきたときに、心から一緒に喜びを表現してあげていただろうか?
家に帰って家族が一生懸命に話しかけてくる。 自分が仕事に疲れていた時、話かける家内や子供の話に真剣に共感してあげていなかった自分がいたなぁ・・と。
決してわざとらしくそうするんじゃなくて、相手の立場に立ってみれば自然にできることです。
そういえば、愛情の反対語は「無関心」、いじめで一番陰湿なものは「シカト」。
会社でも家庭でも学校のクラスでも飲み会でも(笑)、「共感する力」は人と人とのコミュニケーションの世界でものすごく大切なものだと思います。
なんで、本の横に貴匠蔵が置いてあるのか?(笑)
最近気に入った1本で、昨夜空にしてしまった瓶です。
そこで自分にちょっと“課題”を出してみました。
私がもし酒屋さんで、お客にコイツを売ろうとすればどうこれを紹介するか?
「これは黒麹でつくられて甕壺仕込みで熟成されているので、香りもコクもいいですよ。」
これ普通の酒屋さんです。一般商品で言えばカタログ言葉です。
「今晩お鍋にしませんか? 暖か~ぃ鍋料理と一緒にこれをロックでキュッとやると最高なんですよ! ポン酢のさっぱり酸味と黒麹独特の甘みとコクがものすごく合うんですよねぇ!」
これで、ちょっとは自分の感動が相手に伝えられるかな?
もう一つ、今度はプロの例です。
本の中でBMWの広告のコピーが紹介されていました。
随分前のコピーのようですので、検索するといろんな方のブログでも紹介されているようでしたが、恥ずかしながら私はこの本で初めて読みました。
(BMWには縁がないもので・・^^;)
ご存知の方はいまさら・・と思われるかもしれませんが気に入ったので紹介します。
「人生に多くのことを求める人へ、BMW」
大人の哲学をもち、子どものような純粋さを持つ人。
主流なのに、心は反主流である人。
スーツを着こなすが、ジーンズもはきこなす人。
人生も語れるが、ジョークもうまい人。
有意義も好きだが、無意味なことも好きな人。
ワインにも詳しいが、恐竜にも詳しい人。
常識は持っているが、決して縛られない人。
ITには強いが、手紙は万年筆で書く人。
家庭を愛しているが、時には家庭を忘れられる人。
孤独も好きだが、社交も上手な人。
常に冷静だが、時に情熱的になれる人。
クラシックも聴くが、ロックも愛している人。
自信はあっても、過信はしない人。
美術館にも行くが、ジムにも行く人。
協調もできるが、反論もできる人。
夜更かしはするが、朝きちんと起きる人。
守るものが多くても、冒険できる人。
部下には優しいが、上司には厳しい人。
食べるのも好きだが、料理もできる人。
上質にこだわるが、贅沢は好きじゃない人。
自分の誕生日は忘れても、約束の時間は守る人。
「BMWは・・」という広告ではなく、相手つまりお客に自分のシーンをイメージさせるものです。BMWはあくまでそのシーンの共演者となるわけです。
あこがれる生き方と、いかにもそれに似合いそうなBMWをイメージして「うーん、欲しい!・・」と思ってしまうのでしょう。
相手の立場にたって共感してもらえるように表現する努力。
相手の立場にたって共感しようとする気持ち。
そういえば、ブログでコメントをいただくとやっぱりうれしい。
その方に「ありがとう!」という気持ち、そして親近感を覚えます。
これもコメントを書いてくださる方の「共感力」なのだと思います。
あ、別にコメントを要求してるわけではございません。(笑)
眼科にて
毎朝起きて一番にすることはなんでしょう?
あ、トイレは別にして・・です。
私の場合、それは眼にコンタクトレンズを入れることです。
かなりキツイ近眼なので、コンタクトを入れない限りはテレビもパソコンも新聞も見れません。
もちろん身の回りのこともできないし、体重計に乗っても数字を読むことができない。
とにかくまず洗面所に行って、視力を確保しなければ家の中をうろつくこともさえできないのです。
コンタクトレンズがパチッと装着された瞬間に、スイッチがオンになったようにようやく自分のすべての機能が働き始めるという感じです。
昨夜の今年?回目かの新年会で飲まされた日本酒がまだ若干残っているのを感じながら、今朝も目覚めるやいなやふらふらと洗面所へ。
コンタクトは昔からハードレンズを使用しています。
いつものように、まず左眼をはめ、次に右眼をはめる。
その後、顔をじゃぶじゃぶ洗ってタオルで拭く。
拭きながら鏡に映る顔を見て、何かおかしいことに気づきました。
「今日はなんかバランスが悪い・・!」
顔のバランスが悪いという意味ではありません。(それは普段から同じです!)
視線がぐらつくのです。
いくら二日酔いといってもおかしい。
片方ずつ瞼を広げて鏡に写してみて、原因が判明しました。
はまったと思い込んでいた右眼のコンタクトレンズが実は入ってなかったのです。
こういう場合、レンズがよく眼球の裏側に行ってることがあるのですが、
いくら眼の球をグルグル探して見てもレンズはありませんでした。
私が勝手に眼に入ったと思い込んだだけで、その時まだレンズは指についたままだったのでしょう。
その瞬間に気がついていたらきっと見つけだせたのでしょうが、時既に遅かりし・・
すでに顔をじゃぶじゃぶ洗って水を流してしまった後ですから、もうどうしようもありません。
とほほ・・・
仕方なく仕事には右側だけ臨時用の使い捨てタイプを使用しました。
実は私はこの使い捨てタイプ、眼の中でふにゃふにゃする気がするのと、
少し染みる感じがしてどうも好きにはなれないのです。
ちょうど今日の午前中はアポイントも無かったので、眼科に行き新しいレンズを購入することに。
まずは度数をチェックするためのお馴染みの視力検査。
「C」のワッカの上下左右どこが切れているかを当てていきます。
いや、検査ですから本当は“当てる”のではありません。
見えたままを正直に言うのが検査です。
でも、ついつい“当て“たくて、あまり見えてないのに「勘」で当てに行ったりします。
たまたまそれが次々に当って、普段より3段ぐらい下まで当ててしまった時がありました。
こういうことをしていてはいけません。
正しい視力を診断してもらわないと、合わないレンズを処方されて結局自分が困ることになります。
今日はその反省もわきまえて、見えにくいのははっきり「わかりません!」といいました。(笑)
無くしたレンズ、もったいないなぁと思っていましたが、医院のデータによると3年間替えてなかったレンズだったそうです。
それなら、まあいいか・・
その眼科の先生は、古くからの友人で昔良くやっていた頃のゴルフ仲間。
私がゴルフ場の風で眼にゴミが入った時なんかに、その場でパッとレンズを取り出してぺロッと舐めてまた目につけるという姿を何度も目撃されていた人です。
「君の性格の割には上手に使ったもんや!」とヘンな褒め方をされてきました。(笑)
今日のブログに残す教訓。
二日酔いの朝のコンタクト装着は慎重に!
もう一つ、眼科でのお土産話です。
待合室で待っている間に壁に貼ってあった新聞の切り抜きを読みました。
「子供の視力低下の一番の原因は・・?」という内容の記事でした。
それはTVの見過ぎとかではなく、なんと姿勢の悪さなんだそうです。
これまで腰痛で姿勢のことを書いてきましたが、ここでも姿勢が登場です。
実はうちの子供も目が良くありません。
自分の遺伝であることを子供には申し訳なく思っていました。
もちろん遺伝もあったことでしょう。
でも確かにごろ寝して本を読む、悪い姿勢でテレビを見る。眼をくっつけて字を書く・・
遺伝以上に、むしろ“生活習慣の伝染”の方が私の反省すべき問題だったかも知れません。
子供達よ、姿勢を正そう!
あ、トイレは別にして・・です。
私の場合、それは眼にコンタクトレンズを入れることです。
かなりキツイ近眼なので、コンタクトを入れない限りはテレビもパソコンも新聞も見れません。
もちろん身の回りのこともできないし、体重計に乗っても数字を読むことができない。
とにかくまず洗面所に行って、視力を確保しなければ家の中をうろつくこともさえできないのです。
コンタクトレンズがパチッと装着された瞬間に、スイッチがオンになったようにようやく自分のすべての機能が働き始めるという感じです。
昨夜の今年?回目かの新年会で飲まされた日本酒がまだ若干残っているのを感じながら、今朝も目覚めるやいなやふらふらと洗面所へ。
コンタクトは昔からハードレンズを使用しています。
いつものように、まず左眼をはめ、次に右眼をはめる。
その後、顔をじゃぶじゃぶ洗ってタオルで拭く。
拭きながら鏡に映る顔を見て、何かおかしいことに気づきました。
「今日はなんかバランスが悪い・・!」
顔のバランスが悪いという意味ではありません。(それは普段から同じです!)
視線がぐらつくのです。
いくら二日酔いといってもおかしい。
片方ずつ瞼を広げて鏡に写してみて、原因が判明しました。
はまったと思い込んでいた右眼のコンタクトレンズが実は入ってなかったのです。
こういう場合、レンズがよく眼球の裏側に行ってることがあるのですが、
いくら眼の球をグルグル探して見てもレンズはありませんでした。
私が勝手に眼に入ったと思い込んだだけで、その時まだレンズは指についたままだったのでしょう。
その瞬間に気がついていたらきっと見つけだせたのでしょうが、時既に遅かりし・・
すでに顔をじゃぶじゃぶ洗って水を流してしまった後ですから、もうどうしようもありません。
とほほ・・・
仕方なく仕事には右側だけ臨時用の使い捨てタイプを使用しました。
実は私はこの使い捨てタイプ、眼の中でふにゃふにゃする気がするのと、
少し染みる感じがしてどうも好きにはなれないのです。
ちょうど今日の午前中はアポイントも無かったので、眼科に行き新しいレンズを購入することに。
まずは度数をチェックするためのお馴染みの視力検査。
「C」のワッカの上下左右どこが切れているかを当てていきます。
いや、検査ですから本当は“当てる”のではありません。
見えたままを正直に言うのが検査です。
でも、ついつい“当て“たくて、あまり見えてないのに「勘」で当てに行ったりします。
たまたまそれが次々に当って、普段より3段ぐらい下まで当ててしまった時がありました。
こういうことをしていてはいけません。
正しい視力を診断してもらわないと、合わないレンズを処方されて結局自分が困ることになります。
今日はその反省もわきまえて、見えにくいのははっきり「わかりません!」といいました。(笑)
無くしたレンズ、もったいないなぁと思っていましたが、医院のデータによると3年間替えてなかったレンズだったそうです。
それなら、まあいいか・・
その眼科の先生は、古くからの友人で昔良くやっていた頃のゴルフ仲間。
私がゴルフ場の風で眼にゴミが入った時なんかに、その場でパッとレンズを取り出してぺロッと舐めてまた目につけるという姿を何度も目撃されていた人です。
「君の性格の割には上手に使ったもんや!」とヘンな褒め方をされてきました。(笑)
今日のブログに残す教訓。
二日酔いの朝のコンタクト装着は慎重に!
もう一つ、眼科でのお土産話です。
待合室で待っている間に壁に貼ってあった新聞の切り抜きを読みました。
「子供の視力低下の一番の原因は・・?」という内容の記事でした。
それはTVの見過ぎとかではなく、なんと姿勢の悪さなんだそうです。
これまで腰痛で姿勢のことを書いてきましたが、ここでも姿勢が登場です。
実はうちの子供も目が良くありません。
自分の遺伝であることを子供には申し訳なく思っていました。
もちろん遺伝もあったことでしょう。
でも確かにごろ寝して本を読む、悪い姿勢でテレビを見る。眼をくっつけて字を書く・・
遺伝以上に、むしろ“生活習慣の伝染”の方が私の反省すべき問題だったかも知れません。
子供達よ、姿勢を正そう!
はよせんかい!(早専開)
昨日はウチの会社に見学のお客様がありました。
他県から同業他社の方が当社の取り組みについて話を聞かせてほしいとやってこられたわけです。
今日のお客様はお隣の岐阜県からでしたので比較的お近くですが、
なぜか全国各地からそういうお客様が絶えません。
業界紙やセミナーなどで当社の情報を聞かれてのことなのですが、
こんな片田舎の零細企業にどうしてわざわざ?というぐらいに、
とんでもない立派な大企業の方までこられます。
でも、決してすごいことをしているわけでもなく、
特別に変わったことをしているわけではありません。
社長はちょっと変わり者ですが・・。(笑)
ただ自信を持って言えることは、
・いつも変化している、それも変化するスピードがどこよりも早いです。
・小さい会社でも (小さい会社だからこそかな?) 何か必ず強味があります。それが何かを意識して発揮しています。
・いつも情報発信しオープンにしています。自ら発信することで逆に有益な情報が集まってきます。
お客様に来ていただいた以上は、資料もプレゼントし、一生懸命お話させていただきます。
昨日も実のところ、前夜親しい仕事仲間ととことん飲んでの二日酔い気味で、頭が全く回りませんでした。
それでも不思議なもので、パワーポイントでプレゼンしながらお話していると段々と気合いが入ってくるのか(笑)、いつの間にか頭もスッキリしてきます。
他社、それも同じ業界の他社 (ある意味ではライバルですよね・・) に対して、どうしてそれほどしてあげるの?と他の方から聞かれることもあります。
答えは一つ。それが自らの為になっているからです。
他人に話すこと、他人に教えることで自分達がやっていることが本物になります。
わざわざ来られる・・それだけでも自覚が変わってきます。同席する社員にも自信が生まれます。
そして人には必ず情報があります。あえて高い交通費を使って来られるような気持ちの方です。必ずその人からこちらも教わることが何かあります。
結局は情報を積極的に発することで、一番勉強になるのは自分達だということがわかっているからです。
随分前ですが、あるビジネス誌に、こんな言葉が使われていました。
「早専開」
“はよせんかい”と読むそうです。
もちろん、「早」はスピード、行動の早さ、環境に応じて変化すること早さです。
「専」は何かの分野で抜きん出ること。何らかの強味を持つこと。
そして「開」は情報をオープンにすること。(最近「開」を怠ったためにとんでもない状態に陥った企業もありましたよね。)
はよせんかい!・・・
小さい会社の経営のための言葉ですが、個人の人生経営にも通じる言葉ではないでしょうか?
そう思うとブロガーの人って、皆さん「早専開」の精神旺盛ですよね。
それぞれの人が趣味や特技でコレはと言うものを持って、
スピーディーにそれを発信されているわけですから。
私はまだまだ初心者ですが、ブログを書く価値ってすばらしいと感じています。
何かを書こうとすることであらためて頭の中が整理されたり、あやふやだったものが調べなおしてみることで新たに勉強になるということも良くあることではないでしょうか?
そしてそこからまた新しいテーマが見えてきたりします。
自分が目指していること、こうなりたいと思っていることを常に再確認していくことが可能です。
普通の日記もそうでしょうが、人に「開」することで意識が随分違います。
ブログを書いて発信することが、人生の充実の繋がっていったらすばらしいと思います。
二晩続けての新年会から醒めた今日、たまにはマジメなことも書いてみました。
他県から同業他社の方が当社の取り組みについて話を聞かせてほしいとやってこられたわけです。
今日のお客様はお隣の岐阜県からでしたので比較的お近くですが、
なぜか全国各地からそういうお客様が絶えません。
業界紙やセミナーなどで当社の情報を聞かれてのことなのですが、
こんな片田舎の零細企業にどうしてわざわざ?というぐらいに、
とんでもない立派な大企業の方までこられます。
でも、決してすごいことをしているわけでもなく、
特別に変わったことをしているわけではありません。
社長はちょっと変わり者ですが・・。(笑)
ただ自信を持って言えることは、
・いつも変化している、それも変化するスピードがどこよりも早いです。
・小さい会社でも (小さい会社だからこそかな?) 何か必ず強味があります。それが何かを意識して発揮しています。
・いつも情報発信しオープンにしています。自ら発信することで逆に有益な情報が集まってきます。
お客様に来ていただいた以上は、資料もプレゼントし、一生懸命お話させていただきます。
昨日も実のところ、前夜親しい仕事仲間ととことん飲んでの二日酔い気味で、頭が全く回りませんでした。
それでも不思議なもので、パワーポイントでプレゼンしながらお話していると段々と気合いが入ってくるのか(笑)、いつの間にか頭もスッキリしてきます。
他社、それも同じ業界の他社 (ある意味ではライバルですよね・・) に対して、どうしてそれほどしてあげるの?と他の方から聞かれることもあります。
答えは一つ。それが自らの為になっているからです。
他人に話すこと、他人に教えることで自分達がやっていることが本物になります。
わざわざ来られる・・それだけでも自覚が変わってきます。同席する社員にも自信が生まれます。
そして人には必ず情報があります。あえて高い交通費を使って来られるような気持ちの方です。必ずその人からこちらも教わることが何かあります。
結局は情報を積極的に発することで、一番勉強になるのは自分達だということがわかっているからです。
随分前ですが、あるビジネス誌に、こんな言葉が使われていました。
「早専開」
“はよせんかい”と読むそうです。
もちろん、「早」はスピード、行動の早さ、環境に応じて変化すること早さです。
「専」は何かの分野で抜きん出ること。何らかの強味を持つこと。
そして「開」は情報をオープンにすること。(最近「開」を怠ったためにとんでもない状態に陥った企業もありましたよね。)
はよせんかい!・・・
小さい会社の経営のための言葉ですが、個人の人生経営にも通じる言葉ではないでしょうか?
そう思うとブロガーの人って、皆さん「早専開」の精神旺盛ですよね。
それぞれの人が趣味や特技でコレはと言うものを持って、
スピーディーにそれを発信されているわけですから。
私はまだまだ初心者ですが、ブログを書く価値ってすばらしいと感じています。
何かを書こうとすることであらためて頭の中が整理されたり、あやふやだったものが調べなおしてみることで新たに勉強になるということも良くあることではないでしょうか?
そしてそこからまた新しいテーマが見えてきたりします。
自分が目指していること、こうなりたいと思っていることを常に再確認していくことが可能です。
普通の日記もそうでしょうが、人に「開」することで意識が随分違います。
ブログを書いて発信することが、人生の充実の繋がっていったらすばらしいと思います。
二晩続けての新年会から醒めた今日、たまにはマジメなことも書いてみました。
へべれけ親父?
日曜日の夜、家でゆっくりくつろいで飲む芋焼酎は本当においしい!
(あ、平日も充分おいしいですが・・)
今夜は鍋、それも私の大好物の豚しゃぶ。
そして、お相手の芋焼酎には貴匠蔵をチョイス。
最初はお湯割りで3杯、ちょっと体が火照ってきてからはロックにチェンジ。
それにしても黒麹の芋ってロックで飲むと本当に甘く感じますよね。
最初は仕上げのつもりだったのに、そこからついつい4、5杯いってしまいました。
そういえば、最近ちょっとおもしろかったことです。
自分のブログの管理画面の“検索キーワード一覧”を何気なく見ていて、
思わず笑ってしまいました。
「芋焼酎 アル中 痩せ」
という検索キーワードで来られた人があったのです。
「芋焼酎 カロリー」 や 「芋焼酎 肴」 などはその検索をされた方の意図が良くわかるのですが、
「芋焼酎 アル中 痩せ」・・!? ハァ?
確かに3つとも私のブログの中に登場してくる言葉なので、
検索でひっかかったのもうなづけます。
その検索元であったYahooで実際に試してみると、確かにトップに私のページが登場します。
当たり前ですよね、こんなへんてこなキーワードを含む記事はそうあるはずがない。
それにしてもその方は、このキーワードで一体どんな内容のものを探しておられたのでしょう?
芋焼酎を飲んでアル中になると痩せるかどうか?を調べたかったのでしょうか。
それとも、
痩せている人が芋焼酎を飲むとアル中になってしまうか心配だったのでしょうか?
はたまた、
アル中で痩せている人が回復するには芋焼酎が体に良いという記事を探しておられたのでしょうか?
いずれにせよ残念ながら期待には添えなかったはずです(笑)。
そんなところで、久しぶりに娘のイラストの登場です。
「誰や、このへべれけのおっさん!」・・・と思ったら、
なんと、私の飲んでいる様子を描いてくれたものでした。

私: 「お父さんは、こんなだらしない顔してないやろ!」
横から見た家内: 「そおっくりぃ~!」
私: 「お父さんの体はこんなブヨついてないやろ!」
再び家内: 「そおっくりぃ~!」
私:「・・・・・・」
どうやら私の自己イメージよりも、子供の観察眼の方が正確なようです。
でも、こういうリラックスな夜が明日からの活力を産むんだよ!(笑)
ところで・・・
イラストを見ていただいてわかるように
芋焼酎を飲んでアル中になっても(まだアル中ではありませんが・・)
・・・痩せません!
(あ、平日も充分おいしいですが・・)
今夜は鍋、それも私の大好物の豚しゃぶ。
そして、お相手の芋焼酎には貴匠蔵をチョイス。
最初はお湯割りで3杯、ちょっと体が火照ってきてからはロックにチェンジ。
それにしても黒麹の芋ってロックで飲むと本当に甘く感じますよね。
最初は仕上げのつもりだったのに、そこからついつい4、5杯いってしまいました。
そういえば、最近ちょっとおもしろかったことです。
自分のブログの管理画面の“検索キーワード一覧”を何気なく見ていて、
思わず笑ってしまいました。
「芋焼酎 アル中 痩せ」
という検索キーワードで来られた人があったのです。
「芋焼酎 カロリー」 や 「芋焼酎 肴」 などはその検索をされた方の意図が良くわかるのですが、
「芋焼酎 アル中 痩せ」・・!? ハァ?
確かに3つとも私のブログの中に登場してくる言葉なので、
検索でひっかかったのもうなづけます。
その検索元であったYahooで実際に試してみると、確かにトップに私のページが登場します。
当たり前ですよね、こんなへんてこなキーワードを含む記事はそうあるはずがない。
それにしてもその方は、このキーワードで一体どんな内容のものを探しておられたのでしょう?
芋焼酎を飲んでアル中になると痩せるかどうか?を調べたかったのでしょうか。
それとも、
痩せている人が芋焼酎を飲むとアル中になってしまうか心配だったのでしょうか?
はたまた、
アル中で痩せている人が回復するには芋焼酎が体に良いという記事を探しておられたのでしょうか?
いずれにせよ残念ながら期待には添えなかったはずです(笑)。
そんなところで、久しぶりに娘のイラストの登場です。
「誰や、このへべれけのおっさん!」・・・と思ったら、
なんと、私の飲んでいる様子を描いてくれたものでした。
私: 「お父さんは、こんなだらしない顔してないやろ!」
横から見た家内: 「そおっくりぃ~!」
私: 「お父さんの体はこんなブヨついてないやろ!」
再び家内: 「そおっくりぃ~!」
私:「・・・・・・」

どうやら私の自己イメージよりも、子供の観察眼の方が正確なようです。
でも、こういうリラックスな夜が明日からの活力を産むんだよ!(笑)
ところで・・・
イラストを見ていただいてわかるように
芋焼酎を飲んでアル中になっても(まだアル中ではありませんが・・)
・・・痩せません!
赤芋と紫芋
前に「ラベル剥がし」でラベルの話を書きましたが、
焼酎の瓶って色やデザインもイロイロで、結構見た目も楽しませてくれますよね。
先日フラッと立ち寄った店で「茜娘」というのを買いました。
別に予備知識があったわけではないのですが、
ちょっと変わった小振りのズングリした形状と、あまりに強烈な赤い瓶に気を惹かれてしまいました。
なんでも宮崎特産の「赤芋」を使っているとのこと。
いくら赤芋仕込みと言っても、もちろんガラス瓶が赤いだけで中味は透明です。
見た目はなんとなくニッキ水を思い出して(古いナァ~)、焼酎としては決してうまそうな印象はしなかったけど、これも経験と思って買ってみることにしました。
焼酎は決して見た目だけでは判断できない。
期待も込めて、興味深々で飲んでみました。
意外にこういうなのが自分にとってうまかったりする。
とりあえずロックでそぉーっとチビリ。
「・・・・・・・?」
もう一口飲んでみる。今度はグイッと。
「・・・・・・・・?」
思わず瓶をとってラベルを確かめてみた。
ひょっとして、買う時に見間違って芋焼酎以外の酒を買ってしまったのでは・・。
はっきり言って芋焼酎の味がしないのです。
しかし、ラベルにはしっかりと本格焼酎、芋焼酎と記載されていました。
ただ、後から気がついたのですが度数が20度。
一般より5度低いだけで?
いやそれだけの問題ではないのでしょうが・・。
今度はストレートで飲んでみることに。
「・・・・・・・?」
確かに間違いなく芋焼酎の味です。しかし・・・
いささか茜娘に失礼な表現かもしれないけど、
ストレートでもまるで水で割ったような感じ。
最近どちらかと言えばクセの強い芋を濃い目で飲んでいたので余計にそう感じたのかもしれません。
できるだけ芋のクセを抑えた芋焼酎を飲みたいという人も確かに居るでしょう。
そういう人に向いている・・と言ってしまえばそうかもしれないけど、
でもここまで芋らしさを抑えたいのなら、あえて芋を飲む必要はないんじゃないでしょうか?(笑)
おっといけない、いけない・・
ある焼酎の本で読んだ、猪股吉貴さんの言葉を思い出しました。
『焼酎には二種類あります。自分に合う焼酎と、自分に合わない焼酎です。前者を「うまい焼酎」と呼ぶのは自由ですが、後者を「まずい」と決めつけないでほしいのです。私がうまいと思ってすすめた焼酎が、あなたに合わないことがある。それは決してその焼酎がまずいのではなく、ただ合わなかっただけのこと。恋愛と同じですから。』
そうなんですよね!
私だって最初の芋焼酎として「いも麹 芋」とめぐり合った時は、あっさりとそれを拒絶してしまった人間だったのです。
もしその時、この茜娘を飲んでいたら、ひょっとしてすっかり惹かれてしまい、もっとスムーズに芋の世界に入っていってたのかも知れません。
“自分に合う焼酎と、合わない焼酎がある。”
その猪股さんの言葉に、もう一つ付け加えさせていただくとすれば、
“その時合わなくても、時が変わればまた合うかもしれない。”のです。

赤芋の茜娘が赤い瓶なら、紫芋の「種子島“紫”ゆかり」はちょっと紫がかった青い瓶。
たまたま飲みさしがあったので、ふと思いついて一緒に並べてみました。
光を当ててやると、家で飲んでいてもちょっとしたネオン街の気分です。(笑)
宮崎特産の「赤芋」と種子島特産の「紫芋」、
瓶の色も楽しみながら、
カクテル感覚で芋を楽しんでみるのにちょうどいいのかもしれません。
芋焼酎の楽しみ方は広いです!
焼酎の瓶って色やデザインもイロイロで、結構見た目も楽しませてくれますよね。
先日フラッと立ち寄った店で「茜娘」というのを買いました。
別に予備知識があったわけではないのですが、
ちょっと変わった小振りのズングリした形状と、あまりに強烈な赤い瓶に気を惹かれてしまいました。
なんでも宮崎特産の「赤芋」を使っているとのこと。
いくら赤芋仕込みと言っても、もちろんガラス瓶が赤いだけで中味は透明です。
見た目はなんとなくニッキ水を思い出して(古いナァ~)、焼酎としては決してうまそうな印象はしなかったけど、これも経験と思って買ってみることにしました。
焼酎は決して見た目だけでは判断できない。
期待も込めて、興味深々で飲んでみました。
意外にこういうなのが自分にとってうまかったりする。
とりあえずロックでそぉーっとチビリ。
「・・・・・・・?」
もう一口飲んでみる。今度はグイッと。
「・・・・・・・・?」
思わず瓶をとってラベルを確かめてみた。
ひょっとして、買う時に見間違って芋焼酎以外の酒を買ってしまったのでは・・。
はっきり言って芋焼酎の味がしないのです。
しかし、ラベルにはしっかりと本格焼酎、芋焼酎と記載されていました。
ただ、後から気がついたのですが度数が20度。
一般より5度低いだけで?
いやそれだけの問題ではないのでしょうが・・。
今度はストレートで飲んでみることに。
「・・・・・・・?」
確かに間違いなく芋焼酎の味です。しかし・・・
いささか茜娘に失礼な表現かもしれないけど、
ストレートでもまるで水で割ったような感じ。
最近どちらかと言えばクセの強い芋を濃い目で飲んでいたので余計にそう感じたのかもしれません。
できるだけ芋のクセを抑えた芋焼酎を飲みたいという人も確かに居るでしょう。
そういう人に向いている・・と言ってしまえばそうかもしれないけど、
でもここまで芋らしさを抑えたいのなら、あえて芋を飲む必要はないんじゃないでしょうか?(笑)
おっといけない、いけない・・
ある焼酎の本で読んだ、猪股吉貴さんの言葉を思い出しました。
『焼酎には二種類あります。自分に合う焼酎と、自分に合わない焼酎です。前者を「うまい焼酎」と呼ぶのは自由ですが、後者を「まずい」と決めつけないでほしいのです。私がうまいと思ってすすめた焼酎が、あなたに合わないことがある。それは決してその焼酎がまずいのではなく、ただ合わなかっただけのこと。恋愛と同じですから。』
そうなんですよね!
私だって最初の芋焼酎として「いも麹 芋」とめぐり合った時は、あっさりとそれを拒絶してしまった人間だったのです。
もしその時、この茜娘を飲んでいたら、ひょっとしてすっかり惹かれてしまい、もっとスムーズに芋の世界に入っていってたのかも知れません。
“自分に合う焼酎と、合わない焼酎がある。”
その猪股さんの言葉に、もう一つ付け加えさせていただくとすれば、
“その時合わなくても、時が変わればまた合うかもしれない。”のです。
赤芋の茜娘が赤い瓶なら、紫芋の「種子島“紫”ゆかり」はちょっと紫がかった青い瓶。
たまたま飲みさしがあったので、ふと思いついて一緒に並べてみました。
光を当ててやると、家で飲んでいてもちょっとしたネオン街の気分です。(笑)
宮崎特産の「赤芋」と種子島特産の「紫芋」、
瓶の色も楽しみながら、
カクテル感覚で芋を楽しんでみるのにちょうどいいのかもしれません。
芋焼酎の楽しみ方は広いです!
MBTで筋肉がついた
昨日は大阪の某ホテルで業界関係の新年会。
新年会というより、正確には「賀詞交換会」と呼ばれているもので、
あくまでスーツ姿のおじさん(自分も含めて) 同士の年頭ご挨拶が目的であり、
決して酒を勧めあってドンチャンやるようなものではありません。
あちこち知った顔を見つけては会場内をウロウロするので、当然パーティーは立食形式。
したがって“飲む”ということに関しては極めて中途半端でしたが、
実は終わってから私にとっての思いがけない大きな収穫がありました。
今までは、ヘルニア持ちの私がこのような立食パーティーで2時間も立ちっぱなしだと、
必ず腰が痛くなって、後が大変だったのに、
今回はなんとそれが全く大丈夫だったのです!
私はその理由がすぐにわかったので、中途半端な酔いにもかかわらず、
帰りはすっかりルンルン気分でした。
その理由というのは・・・
例の“履くバランスボール”ことMBTを2ヶ月履き続けてきた成果です!
タイミング良く今日は月に一度の整体の日だったので、
この靴を勧めてくれた整体師の山田君にこの事実を早速報告。
整体ベッドの上に横たわり、マッサージをしてもらいながら彼とあれこれ議論した結果、
MBTを履いて歩いたこの2ヶ月間の間に、腰に負担をかけない姿勢とその姿勢を保つために必要な筋力がしっかり身についたのだろうということで意見が合致しました。
ちょっと細かい話になりますがMBTのパンフレットによると、これを履いて歩く時は普通の靴の時に比べて、ふくらはぎで18%、ハムストリングス(太ももの裏側)で19%、お尻の筋肉で9%、より強い刺激が与えられるというデータが記載されています。(海外の大学での研究データから)
つまり主に体の背側の筋肉をより活性化させる効果があるようなのです。
そういえば初めてこの靴を履き出した二ヶ月前は、15分間程度の短時間歩いただけでも後でふくらはぎの筋肉がまるで痙攣でも起こしそうなぐらいに刺激されているのを感じていました。
歩き終わってから初めて、“おおっ、効いてたんだ!・・”という感覚です。
それから徐々に歩行時間を長くしていきました。
歩いている最中は気持ちよく歩けるので、自分では決して“がんばっている”という感覚はないのですが、夜ベッドに入って横たわった時に体の裏側全体にジワーっと心地よい疲労感を感じるのです。それも今までのような「腰」の疲労ではなくて、あくまで筋肉をトレーニングした後の気持ちの良い疲労感です。
そういえば、太ももの裏をさすってみるとなんだか筋肉のハリが違います。
風呂に入った時に鏡に自分の足を映して見ました。
太ももを真横から見ると、あきらかに今まで無かった筋肉と筋肉の間の割れ目ができているではないですか・・・
「よっしゃあ~!」
今回変化したふくらはぎや太ももの裏側やヒップに背中・・これらの筋肉というのは、実は本来、カラダを真っ直ぐな正しい姿勢に保つために必要な体の中枢的な筋肉。
太ももの表がわの筋肉はスクワットなどで家でも割と簡単にトレーニングできますが、裏側を鍛えるのはなかなか日常では難しいものです。
マシンジムなどで筋トレをやるのももちろんいいのですが、実生活をするために必要な筋肉を実生活の中で自然に鍛えるということは健康目的の筋トレとしては理想的ではないかと思うのです。
今回、長時間立っていても腰痛が全く起こらなかったのも、今までは歩いたり立ったりする時に腰や関節にかかっていた負担や衝撃を、強くなった筋肉の力が受けとめてくれることになり、その分、腰や膝への負担が軽くなったんだと思います。
それが証拠に家に帰ってからは、腰は何も痛くないのに、筋肉にはしっかり「み」が入ってました。
さらに楽しみを言えば、筋肉がつくことで基礎代謝量がアップして痩せやすくなるとのこと。
ただし、こちらの方は、まだ私の数字に出て来ておりませんので今後の期待です。^^;

そういえば、ここの山田プロスポーツ整体には、テレビ通販などで良く見かける乗馬マシンが置いてあります。さすがに武豊騎手の専属トレーナーです。(笑)
この乗馬マシンも適度に揺れる馬の上で体を真っ直ぐに保とうとすることで腹筋や背筋、太ももの筋肉を鍛えようとするもの。基本的な考え方はMBTと似ています。
ところでこの乗馬マシンの背にかぶせてある布はスペシャルウィークという馬の名前入り。(もちろんレプリカですが)。
競馬を一切やらない私はディープインパクトとハイセイコー(古っ!)ぐらいしか馬のことを知りません。
彼に聞くと、結構重賞レースでも勝った名馬だということを教えてくれました。週単位でレースに臨む競走馬はいつもスペシャルなウィークを目指してたのでしょうか?
今年は体力をしっかり整えて“スペシャルイヤー”にしたいものです。^^
新年会というより、正確には「賀詞交換会」と呼ばれているもので、
あくまでスーツ姿のおじさん(自分も含めて) 同士の年頭ご挨拶が目的であり、
決して酒を勧めあってドンチャンやるようなものではありません。
あちこち知った顔を見つけては会場内をウロウロするので、当然パーティーは立食形式。
したがって“飲む”ということに関しては極めて中途半端でしたが、
実は終わってから私にとっての思いがけない大きな収穫がありました。
今までは、ヘルニア持ちの私がこのような立食パーティーで2時間も立ちっぱなしだと、
必ず腰が痛くなって、後が大変だったのに、
今回はなんとそれが全く大丈夫だったのです!
私はその理由がすぐにわかったので、中途半端な酔いにもかかわらず、
帰りはすっかりルンルン気分でした。
その理由というのは・・・
例の“履くバランスボール”ことMBTを2ヶ月履き続けてきた成果です!
タイミング良く今日は月に一度の整体の日だったので、
この靴を勧めてくれた整体師の山田君にこの事実を早速報告。
整体ベッドの上に横たわり、マッサージをしてもらいながら彼とあれこれ議論した結果、
MBTを履いて歩いたこの2ヶ月間の間に、腰に負担をかけない姿勢とその姿勢を保つために必要な筋力がしっかり身についたのだろうということで意見が合致しました。
ちょっと細かい話になりますがMBTのパンフレットによると、これを履いて歩く時は普通の靴の時に比べて、ふくらはぎで18%、ハムストリングス(太ももの裏側)で19%、お尻の筋肉で9%、より強い刺激が与えられるというデータが記載されています。(海外の大学での研究データから)
つまり主に体の背側の筋肉をより活性化させる効果があるようなのです。
そういえば初めてこの靴を履き出した二ヶ月前は、15分間程度の短時間歩いただけでも後でふくらはぎの筋肉がまるで痙攣でも起こしそうなぐらいに刺激されているのを感じていました。
歩き終わってから初めて、“おおっ、効いてたんだ!・・”という感覚です。
それから徐々に歩行時間を長くしていきました。
歩いている最中は気持ちよく歩けるので、自分では決して“がんばっている”という感覚はないのですが、夜ベッドに入って横たわった時に体の裏側全体にジワーっと心地よい疲労感を感じるのです。それも今までのような「腰」の疲労ではなくて、あくまで筋肉をトレーニングした後の気持ちの良い疲労感です。
そういえば、太ももの裏をさすってみるとなんだか筋肉のハリが違います。
風呂に入った時に鏡に自分の足を映して見ました。
太ももを真横から見ると、あきらかに今まで無かった筋肉と筋肉の間の割れ目ができているではないですか・・・
「よっしゃあ~!」

今回変化したふくらはぎや太ももの裏側やヒップに背中・・これらの筋肉というのは、実は本来、カラダを真っ直ぐな正しい姿勢に保つために必要な体の中枢的な筋肉。
太ももの表がわの筋肉はスクワットなどで家でも割と簡単にトレーニングできますが、裏側を鍛えるのはなかなか日常では難しいものです。
マシンジムなどで筋トレをやるのももちろんいいのですが、実生活をするために必要な筋肉を実生活の中で自然に鍛えるということは健康目的の筋トレとしては理想的ではないかと思うのです。
今回、長時間立っていても腰痛が全く起こらなかったのも、今までは歩いたり立ったりする時に腰や関節にかかっていた負担や衝撃を、強くなった筋肉の力が受けとめてくれることになり、その分、腰や膝への負担が軽くなったんだと思います。
それが証拠に家に帰ってからは、腰は何も痛くないのに、筋肉にはしっかり「み」が入ってました。
さらに楽しみを言えば、筋肉がつくことで基礎代謝量がアップして痩せやすくなるとのこと。
ただし、こちらの方は、まだ私の数字に出て来ておりませんので今後の期待です。^^;
そういえば、ここの山田プロスポーツ整体には、テレビ通販などで良く見かける乗馬マシンが置いてあります。さすがに武豊騎手の専属トレーナーです。(笑)
この乗馬マシンも適度に揺れる馬の上で体を真っ直ぐに保とうとすることで腹筋や背筋、太ももの筋肉を鍛えようとするもの。基本的な考え方はMBTと似ています。
ところでこの乗馬マシンの背にかぶせてある布はスペシャルウィークという馬の名前入り。(もちろんレプリカですが)。
競馬を一切やらない私はディープインパクトとハイセイコー(古っ!)ぐらいしか馬のことを知りません。
彼に聞くと、結構重賞レースでも勝った名馬だということを教えてくれました。週単位でレースに臨む競走馬はいつもスペシャルなウィークを目指してたのでしょうか?
今年は体力をしっかり整えて“スペシャルイヤー”にしたいものです。^^
目標を立てること
毎年、この時期には全社員に一人一人の本年の目標を書いたレポートを提出してもらっています。
なんせ零細企業ですから、社員も個性派の集まり。
それぞれの個性を活かした上でそれぞれの最高のパフォーマンスを発揮してもらいたいと思っています。
目標については、自由に伸び伸びがウチのとりえみたいなものですから、あまり難しいことは言いません。
会社の方向性に対して大きくずれてさえいなかったら何でもいい。
自分が今年チャレンジしたいこと、去年より進歩させたいものをなるべく具体的に書いてくれ!・・と。
今日が提出期限だったので、ゆっくり目を通してみました。
読んでいると、人によって性格の違いがはっきり出てくるのがわかります。
ものすごく遠慮がちな目標の人。逆に「えっ大丈夫?」というような人。
でもどちらかと言えば、やっぱり後者の方が読んでいてうれしい。
なんとか一人一人の自己実現と会社の目指すものを合致させたいと思うばかりです。
もう一つ気づくことは目標設定の仕方です。
例えば
・商品知識をもっと高めたい。
・○○の販売にもっと努力したい。
というような書き方をしている人がいます。
この新年レポートは何年も前から続けているので、実は私のファイルには個人別に数年前からのものが残っています。過去にその人が書いたものを見るとよくわかるのですが、上の様な漠然とした書き方をする人は、毎年ほとんど同じような目標が書かれています。
そしてそういう人は残念ながら、まずほとんど変化なく一年が終わります。
目標は、とりあえず当たり障りのないことを書いておこうという気持ちが根底にあるからです。裏を返せば「絶対にこれだけはやる!」という気持ちが感じられません。
それに対して
・○○の勉強をして(○○の資格をとって)、~を用いて~したい。
・○○については売上げ○○○○万円を達成する。
というように書く人がいます。
具体的な手段が伴っている目標は、「当たり障りのないこと」ではありません。
目標に数字まで記載することは結構勇気も要ります。
でも、こういう人は必ず前年と比べて必ず目に見えて進歩しています。
本当に目標が達成できたり、たとえ惜しくもできなかったとしても明らかなスキル向上が見られます。
ではそんな偉そうなことを書いている私個人はどうなのか?
ハイ、ちゃーんと書きました! もちろんものすごく具体的です。
仕事面では全部で15項目。別にプライベート部門でも数項目。
実は昨年は年頭に立てた目標に対して、結果達成率が約8割でした。
8割を上出来と思っていいのかどうかわかりませんが、
もし目標設定がなかったら、そんな成果も上がってなかったことは確かです。
そこで、今年の目標について。
仕事面の目標についてはここでちょっと公開するわけにいかないので、
プライベート部門からごく一部、ダイエット関係のみ公表します。
体重を67g(現状より7kgダウン)にする! そのために・・
・毎日2リットルの水をのむ
・一日5分以上の筋トレ(スロトレ)を週4回以上続ける
・姿勢に気をつけて週2時間以上歩く時間を確保する
・毎日納豆を食べる。
・いかなる時も腹八分目を貫く
大きな目標(67kg)を達成するために、下の小さい目標をルーチン化するわけです。
あ、とうとう書いてしまった・・・
あとはブログ効果に期待です!(笑)
なんせ零細企業ですから、社員も個性派の集まり。
それぞれの個性を活かした上でそれぞれの最高のパフォーマンスを発揮してもらいたいと思っています。
目標については、自由に伸び伸びがウチのとりえみたいなものですから、あまり難しいことは言いません。
会社の方向性に対して大きくずれてさえいなかったら何でもいい。
自分が今年チャレンジしたいこと、去年より進歩させたいものをなるべく具体的に書いてくれ!・・と。
今日が提出期限だったので、ゆっくり目を通してみました。
読んでいると、人によって性格の違いがはっきり出てくるのがわかります。
ものすごく遠慮がちな目標の人。逆に「えっ大丈夫?」というような人。
でもどちらかと言えば、やっぱり後者の方が読んでいてうれしい。
なんとか一人一人の自己実現と会社の目指すものを合致させたいと思うばかりです。
もう一つ気づくことは目標設定の仕方です。
例えば
・商品知識をもっと高めたい。
・○○の販売にもっと努力したい。
というような書き方をしている人がいます。
この新年レポートは何年も前から続けているので、実は私のファイルには個人別に数年前からのものが残っています。過去にその人が書いたものを見るとよくわかるのですが、上の様な漠然とした書き方をする人は、毎年ほとんど同じような目標が書かれています。
そしてそういう人は残念ながら、まずほとんど変化なく一年が終わります。
目標は、とりあえず当たり障りのないことを書いておこうという気持ちが根底にあるからです。裏を返せば「絶対にこれだけはやる!」という気持ちが感じられません。
それに対して
・○○の勉強をして(○○の資格をとって)、~を用いて~したい。
・○○については売上げ○○○○万円を達成する。
というように書く人がいます。
具体的な手段が伴っている目標は、「当たり障りのないこと」ではありません。
目標に数字まで記載することは結構勇気も要ります。
でも、こういう人は必ず前年と比べて必ず目に見えて進歩しています。
本当に目標が達成できたり、たとえ惜しくもできなかったとしても明らかなスキル向上が見られます。
ではそんな偉そうなことを書いている私個人はどうなのか?
ハイ、ちゃーんと書きました! もちろんものすごく具体的です。
仕事面では全部で15項目。別にプライベート部門でも数項目。
実は昨年は年頭に立てた目標に対して、結果達成率が約8割でした。
8割を上出来と思っていいのかどうかわかりませんが、
もし目標設定がなかったら、そんな成果も上がってなかったことは確かです。
そこで、今年の目標について。
仕事面の目標についてはここでちょっと公開するわけにいかないので、
プライベート部門からごく一部、ダイエット関係のみ公表します。
体重を67g(現状より7kgダウン)にする! そのために・・
・毎日2リットルの水をのむ
・一日5分以上の筋トレ(スロトレ)を週4回以上続ける
・姿勢に気をつけて週2時間以上歩く時間を確保する
・毎日納豆を食べる。
・いかなる時も腹八分目を貫く
大きな目標(67kg)を達成するために、下の小さい目標をルーチン化するわけです。
あ、とうとう書いてしまった・・・
あとはブログ効果に期待です!(笑)
ラベル剥がし
我が家の食卓には常に飲みさしの芋焼酎の瓶が4,5本並んでいます。
当然ながら、家内から「テーブルが狭くなる・・」とクレームが出ます。
なるべく本数を減らして家庭の食卓のためにスペースを確保する協力をしなくては・・と、残り少なくなってきたボトルは半ば強引に空けてしまうようにしています。
しかし、どうしても常時何種類かの選択肢がないと物足らない。
すぐに代わりのボトルが開栓され登場することになるので、結局スペースが狭いという問題は永遠に解決されません。
空になった瓶は、今までは即わが家のガラスごみとなっていましたが、このブログを書き始めてからはなんとなく残しておかなければいけないような気になって、別の部屋にストックしてありました。
しかしながら酒屋でもあるまいし、家の中にそうそう大量の酒瓶を貯めこむわけにもいきません。
コイツらとも次の瓶類収集日にはお別れしなくては・・
でも一本一本の焼酎、それぞれが縁あってめぐり合ったもの。
せめて何か形見を取っておけないかと考えた挙句、ラベルを剥がして残すことを思いつきました。
ラベルは焼酎の顔であり、ネーミングとともに生産者がその製品に託した主張の表れでもあると思うのです。
ネットを調べてみると、ちゃんとラベル剥がしをしておられる方の情報がありましたので、早速練習台として空瓶数本を使い、見よう見まねで挑戦してみました。
方法はいたって単純。台所のシンクにお湯を張り、空瓶をそこへ漬けるだけ。
お風呂の浴槽で残り湯を使ってやるという情報もあったけど、家族のヒンシュクを買うことは必至だったのであくまでシンク。
湯温は熱めの方が剥がれやすいとのことで、かろうじて手が漬けられる熱めの風呂の湯ぐらいでやってみました。

最初は瓶を立てていたけど、横にして底に沈めた方が効率的に漬かることに気づき、沈ませるために栓をとって瓶の中までお湯をしっかり入れました。
つまり瓶の中を洗っているようなものですが、この段階で意外な発見が!
飲み干したつもりでも当然瓶の内壁には数cc分の焼酎が残っています。
その残っていたわずかな焼酎がシンクのお湯の中と混ざってなんとも言えない芋の香りが湯気とともに舞い上がり、私の鼻腔から脳天を刺激してきたのです。
良い芋焼酎ほどかなりな薄めのお湯割りでもコクが伸び香りが残るそうですが、このお湯だって、良く考えると“超薄めのお湯割り”でもあるわけです。(ただし無茶苦茶ブレンド)
さすがにこのお湯を飲んでみたいとは思いませんでしたが・・
ラベルの種類によって剥がれやすさにはかなり差がありました。
紙質と糊のつけ方によるみたいです。
まず一番に剥がれたのは「一刻者」シリーズ。
ほとんど努力しないうちに、ものの数分で勝手に瓶から剥がれて浮かんできました。
「一刻者」という言葉は生産地では「頑固者」という意味らしいけれど、ことラベルに関しては意外なほどあっさり者でした。

他の瓶もしばらく漬けておいた後、爪で端っこをめくってみて剥がれそうだったら、そのまま湯の中で優しく剥がしていけば大丈夫。一番気を使ったのは銀滴のようにモワっとした柔らかい和紙を使ったものだったけど、これもほんの一部破れただけでなんとか成功。
それに対して、どうしてもダメだったのが写真の「つわぶき紋次郎」。
ユニークなラベルに惹かれて買った一本だけに、このつわぶきの葉(最初はこれを芋の葉だと思い込んでました)を模ったラベルは是非残したかった一枚でしたが、爪で端を剥がそうとした時点で表面の印刷面がモロモロになってしまいました。なんせ特殊な形をしたラベルなので、相当強烈に糊付けされていたに違いありません。せめてこうして写真で残しておくことにしました。
あわてずに一晩漬けておいたらひょっとして剥がせたのかもしれないので、これは次回の教訓に。

さて剥がしたラベルをどう保存していくべきか?
クリアファイルか、写真用アルバムか?
・・それとも大きな額縁にでもちりばめるか?(笑)
とりあえず裏に鉛筆で採取年月だけをメモしました。
今後のことはとりあえず枚数が増えた時点でゆっくり考えることにします。
当然ながら、家内から「テーブルが狭くなる・・」とクレームが出ます。
なるべく本数を減らして家庭の食卓のためにスペースを確保する協力をしなくては・・と、残り少なくなってきたボトルは半ば強引に空けてしまうようにしています。
しかし、どうしても常時何種類かの選択肢がないと物足らない。
すぐに代わりのボトルが開栓され登場することになるので、結局スペースが狭いという問題は永遠に解決されません。
空になった瓶は、今までは即わが家のガラスごみとなっていましたが、このブログを書き始めてからはなんとなく残しておかなければいけないような気になって、別の部屋にストックしてありました。
しかしながら酒屋でもあるまいし、家の中にそうそう大量の酒瓶を貯めこむわけにもいきません。
コイツらとも次の瓶類収集日にはお別れしなくては・・
でも一本一本の焼酎、それぞれが縁あってめぐり合ったもの。
せめて何か形見を取っておけないかと考えた挙句、ラベルを剥がして残すことを思いつきました。
ラベルは焼酎の顔であり、ネーミングとともに生産者がその製品に託した主張の表れでもあると思うのです。
ネットを調べてみると、ちゃんとラベル剥がしをしておられる方の情報がありましたので、早速練習台として空瓶数本を使い、見よう見まねで挑戦してみました。
方法はいたって単純。台所のシンクにお湯を張り、空瓶をそこへ漬けるだけ。
お風呂の浴槽で残り湯を使ってやるという情報もあったけど、家族のヒンシュクを買うことは必至だったのであくまでシンク。
湯温は熱めの方が剥がれやすいとのことで、かろうじて手が漬けられる熱めの風呂の湯ぐらいでやってみました。

最初は瓶を立てていたけど、横にして底に沈めた方が効率的に漬かることに気づき、沈ませるために栓をとって瓶の中までお湯をしっかり入れました。
つまり瓶の中を洗っているようなものですが、この段階で意外な発見が!
飲み干したつもりでも当然瓶の内壁には数cc分の焼酎が残っています。
その残っていたわずかな焼酎がシンクのお湯の中と混ざってなんとも言えない芋の香りが湯気とともに舞い上がり、私の鼻腔から脳天を刺激してきたのです。
良い芋焼酎ほどかなりな薄めのお湯割りでもコクが伸び香りが残るそうですが、このお湯だって、良く考えると“超薄めのお湯割り”でもあるわけです。(ただし無茶苦茶ブレンド)
さすがにこのお湯を飲んでみたいとは思いませんでしたが・・
ラベルの種類によって剥がれやすさにはかなり差がありました。
紙質と糊のつけ方によるみたいです。
まず一番に剥がれたのは「一刻者」シリーズ。
ほとんど努力しないうちに、ものの数分で勝手に瓶から剥がれて浮かんできました。
「一刻者」という言葉は生産地では「頑固者」という意味らしいけれど、ことラベルに関しては意外なほどあっさり者でした。

他の瓶もしばらく漬けておいた後、爪で端っこをめくってみて剥がれそうだったら、そのまま湯の中で優しく剥がしていけば大丈夫。一番気を使ったのは銀滴のようにモワっとした柔らかい和紙を使ったものだったけど、これもほんの一部破れただけでなんとか成功。
それに対して、どうしてもダメだったのが写真の「つわぶき紋次郎」。
ユニークなラベルに惹かれて買った一本だけに、このつわぶきの葉(最初はこれを芋の葉だと思い込んでました)を模ったラベルは是非残したかった一枚でしたが、爪で端を剥がそうとした時点で表面の印刷面がモロモロになってしまいました。なんせ特殊な形をしたラベルなので、相当強烈に糊付けされていたに違いありません。せめてこうして写真で残しておくことにしました。
あわてずに一晩漬けておいたらひょっとして剥がせたのかもしれないので、これは次回の教訓に。

さて剥がしたラベルをどう保存していくべきか?
クリアファイルか、写真用アルバムか?
・・それとも大きな額縁にでもちりばめるか?(笑)
とりあえず裏に鉛筆で採取年月だけをメモしました。
今後のことはとりあえず枚数が増えた時点でゆっくり考えることにします。
MBTに病みつき
それにしても病みつきになりました。
芋焼酎に!?・・ではありません!(もちろんそちらもですけど・・)
過去に2回ほど記事に書いたMBTというちょっと変わった靴に、です。
運動靴 (と呼んでいいのかどうかわかりませんが) に病みつきということは、それだけ歩くことが好きになっているということですので私としては極めて好ましいことです。
話は少しそれますが“滋賀咲く”の管理画面で、検索から自分のブログに来てくれた方のキーワード一覧を見れますよね。
最近ちょっと驚いたのは、なんと“MBT”がキーワードのトップになっているんです。
芋焼酎をテーマとしているブログとしては、いささか複雑な気分です。
おそらくこの製品、興味を持っている人が増えている割にはまだ情報量(特に体験談)が少ないということの表れなのではないかと思います。
そんなわけで、ある種の使命感みたいなものを感じて(笑)、もう少しこの靴の具体的な体験談を報告していきたく思います。
私のブログのテーマの中では、芋焼酎をおいしく飲みたい→健康でなければいけない→運動が必要→一番いいのは歩くこと→安全かつ効果的に歩けるMBT・・という繋がりになっているのですが、この際MBTを一気に出世させて単独カテゴリーにしました。
すでにこの靴との出会いについては「マサイのように歩きたい」、これで起こった変化については「歩く姿勢が変わった」で書きましたが、ちょっと逆行してこの靴を履き始めた時の印象をもう少し書き残しておきます。

とにかく揺りかごのような靴底の形状から容易に想像がつくように前後に不安定です。
“履くバランスボール”などと言われるのも納得です。
そういえば、私が履いている靴を見て、「黒板消しみたいな靴の底やなぁ!」と例えた友人がいました。うまいこと言うなぁと感心しましたが、黒板消しは前後も左右にもカーブを帯びています。でもこの靴はあくまで前後のみなので、左右は安定感があります。
まずこれを履いて真っ直ぐ立ってみました。
当然ながら前かがみになっても、後ろにそってもぐらつきます。
わざと揺りかごがユラユラするように前後に揺らしてみるうちに、一番安定して立てる姿勢でポジションが決まります。
その姿勢こそ、耳、肩、腰、くるぶしが一直線になったバランスの取れた立ち姿勢になっています。自分でも背筋が伸びてお尻がキュッと締まった気持ちのいい感じです。
私はヘルニアが悪化する前までの二十年以上スキーを続けてきました。
スキーを履いてコブを乗り越えていく時に、常にスキー板の真ん中に乗るようにすると、うまく板をコントロールできるし安定した滑りができます。なんとなくその時の感覚を思い出します。そういえば、この靴はスキーヤーの夏場のトレーニングにもいいそうです。
次にそこから少しずつ歩くトレーニングをしていきました。
なんせ特殊な靴ですから、歩き方にもちょっとしたコツがいります。購入する店には必ず講習を受けたトレーナーが居て、その人に指導をしてもらうのが購入時のキマリになっているようです。(私の場合は私の腰が悪いことを良く知ってくれている整体師さんだったので何より心強かったわけです。)
製品にはちゃんとDVDもついているのでそれも合わせてみるとよくわかります。
ようするに我流では間違った履き方をしてしまう可能性もあるので、まずこの靴の正しい歩き方を覚えることは必要です。
ただし、この靴での正しい歩き方というのは当然一般の靴の場合でも理想的な歩き方になります。ただ一度コツを覚えたら体の筋肉がどんどんその歩き方に合わせていこうとするのがこの靴が一般の靴と違うところです。
説明書を見ると、この靴のカカトは単にカーブになっているだけではなくて、ソールの部材にも随所に材質を変えた部材を組み合わせた凝った工夫がされています。(そうでなければ、底が丸いだけであの値段は許されません。)
特に着地をするカカト部分にはかなりクッションの効いたマサイセンサーと呼ばれる柔らかい素材が内部に使われているので、とにかく衝撃が少ないです。
私のような椎間板ヘルニア持ちは靴底が堅いとすぐに腰や関節にビーンと来るような衝撃感を感じるほうですが、この靴なら多少の段差のあるところから降りる場合も“ボワン”と気持ちよく着地ができます。
芝生の上をスニーカーで歩くとポン、ポンと軽快に跳ねるような気持ちのいい感覚がありますが、この靴だとアスファルトの上でもそんな感じで歩けます。
歩き方のコツは、なんといってもカカト着地です。
前に出した足をカカトから着地したあと、カカトから拇指球(親指のつけね)にかけて足の裏をローリングさせるようにします。
靴底の形状そのものが丸みを帯びてローリングしやすくなっているので、それも自然にできます。
このローリングという感覚が重要みたいで、膝や腰などに負荷がかかりにくいなくなめらかに流れるような歩き方ができます。後ろ足の裏側の筋肉を伸ばすように最後まで送ったら、またその足を前に振り出してカカト着地。軽く膝を伸ばすように前に振り出すという感じで、あとはこれの繰り返しです。

とにかく気持ち良く歩けます。
散歩するのが楽しくなります。靴自体がエネルギーを持っているかのように自然にどんどん足が動いて進んでいく感じです。
朝でも時間の余裕があって天気も良かったら、会社までの約30分、車を家において歩いていきたくなります。
夜飲んで帰る時も、普通ならタクシーを拾うところですが、近場で飲んだ時だったらあえてコンビニで買ったペットボトルの水を飲みながら歩いて帰ることもするようになりました。(ただしせめて真っ直ぐに歩ける程度の酔い方で留まっている場合に限ります。)
また文章が長くなってしまいました。
どうも自分が気に入ったものを書き始めたらキリが有りません。^^;
今では姿勢以外にもいろいろ変化が起こりつつあります。
また次の機会に書きます。
芋焼酎に!?・・ではありません!(もちろんそちらもですけど・・)
過去に2回ほど記事に書いたMBTというちょっと変わった靴に、です。
運動靴 (と呼んでいいのかどうかわかりませんが) に病みつきということは、それだけ歩くことが好きになっているということですので私としては極めて好ましいことです。
話は少しそれますが“滋賀咲く”の管理画面で、検索から自分のブログに来てくれた方のキーワード一覧を見れますよね。
最近ちょっと驚いたのは、なんと“MBT”がキーワードのトップになっているんです。
芋焼酎をテーマとしているブログとしては、いささか複雑な気分です。
おそらくこの製品、興味を持っている人が増えている割にはまだ情報量(特に体験談)が少ないということの表れなのではないかと思います。
そんなわけで、ある種の使命感みたいなものを感じて(笑)、もう少しこの靴の具体的な体験談を報告していきたく思います。
私のブログのテーマの中では、芋焼酎をおいしく飲みたい→健康でなければいけない→運動が必要→一番いいのは歩くこと→安全かつ効果的に歩けるMBT・・という繋がりになっているのですが、この際MBTを一気に出世させて単独カテゴリーにしました。
すでにこの靴との出会いについては「マサイのように歩きたい」、これで起こった変化については「歩く姿勢が変わった」で書きましたが、ちょっと逆行してこの靴を履き始めた時の印象をもう少し書き残しておきます。

とにかく揺りかごのような靴底の形状から容易に想像がつくように前後に不安定です。
“履くバランスボール”などと言われるのも納得です。
そういえば、私が履いている靴を見て、「黒板消しみたいな靴の底やなぁ!」と例えた友人がいました。うまいこと言うなぁと感心しましたが、黒板消しは前後も左右にもカーブを帯びています。でもこの靴はあくまで前後のみなので、左右は安定感があります。
まずこれを履いて真っ直ぐ立ってみました。
当然ながら前かがみになっても、後ろにそってもぐらつきます。
わざと揺りかごがユラユラするように前後に揺らしてみるうちに、一番安定して立てる姿勢でポジションが決まります。
その姿勢こそ、耳、肩、腰、くるぶしが一直線になったバランスの取れた立ち姿勢になっています。自分でも背筋が伸びてお尻がキュッと締まった気持ちのいい感じです。
私はヘルニアが悪化する前までの二十年以上スキーを続けてきました。
スキーを履いてコブを乗り越えていく時に、常にスキー板の真ん中に乗るようにすると、うまく板をコントロールできるし安定した滑りができます。なんとなくその時の感覚を思い出します。そういえば、この靴はスキーヤーの夏場のトレーニングにもいいそうです。
次にそこから少しずつ歩くトレーニングをしていきました。
なんせ特殊な靴ですから、歩き方にもちょっとしたコツがいります。購入する店には必ず講習を受けたトレーナーが居て、その人に指導をしてもらうのが購入時のキマリになっているようです。(私の場合は私の腰が悪いことを良く知ってくれている整体師さんだったので何より心強かったわけです。)
製品にはちゃんとDVDもついているのでそれも合わせてみるとよくわかります。
ようするに我流では間違った履き方をしてしまう可能性もあるので、まずこの靴の正しい歩き方を覚えることは必要です。
ただし、この靴での正しい歩き方というのは当然一般の靴の場合でも理想的な歩き方になります。ただ一度コツを覚えたら体の筋肉がどんどんその歩き方に合わせていこうとするのがこの靴が一般の靴と違うところです。
説明書を見ると、この靴のカカトは単にカーブになっているだけではなくて、ソールの部材にも随所に材質を変えた部材を組み合わせた凝った工夫がされています。(そうでなければ、底が丸いだけであの値段は許されません。)
特に着地をするカカト部分にはかなりクッションの効いたマサイセンサーと呼ばれる柔らかい素材が内部に使われているので、とにかく衝撃が少ないです。
私のような椎間板ヘルニア持ちは靴底が堅いとすぐに腰や関節にビーンと来るような衝撃感を感じるほうですが、この靴なら多少の段差のあるところから降りる場合も“ボワン”と気持ちよく着地ができます。
芝生の上をスニーカーで歩くとポン、ポンと軽快に跳ねるような気持ちのいい感覚がありますが、この靴だとアスファルトの上でもそんな感じで歩けます。
歩き方のコツは、なんといってもカカト着地です。
前に出した足をカカトから着地したあと、カカトから拇指球(親指のつけね)にかけて足の裏をローリングさせるようにします。
靴底の形状そのものが丸みを帯びてローリングしやすくなっているので、それも自然にできます。
このローリングという感覚が重要みたいで、膝や腰などに負荷がかかりにくいなくなめらかに流れるような歩き方ができます。後ろ足の裏側の筋肉を伸ばすように最後まで送ったら、またその足を前に振り出してカカト着地。軽く膝を伸ばすように前に振り出すという感じで、あとはこれの繰り返しです。

とにかく気持ち良く歩けます。
散歩するのが楽しくなります。靴自体がエネルギーを持っているかのように自然にどんどん足が動いて進んでいく感じです。
朝でも時間の余裕があって天気も良かったら、会社までの約30分、車を家において歩いていきたくなります。
夜飲んで帰る時も、普通ならタクシーを拾うところですが、近場で飲んだ時だったらあえてコンビニで買ったペットボトルの水を飲みながら歩いて帰ることもするようになりました。(ただしせめて真っ直ぐに歩ける程度の酔い方で留まっている場合に限ります。)
また文章が長くなってしまいました。
どうも自分が気に入ったものを書き始めたらキリが有りません。^^;
今では姿勢以外にもいろいろ変化が起こりつつあります。
また次の機会に書きます。
「教室の悪魔」を読んで
この本に2時間下さい・・
そんな新聞広告のコピーがふと目につきました。
「教室の悪魔」というタイトルの本の広告でした。
一瞬サスペンスホラーかな?と思ったけど、それとはまったく違うものでした。
なんとこの不気味なタイトルの本は、
学校でのいじめの現実を取りあげたものだったのです。
たまたま前夜に草薙剛のいじめに関する番組を見ていたばかり・・。
もともと社会問題について自分の意見をブログに書くのは私の柄ではありません。
でも中一の子供を持つ親として他人事でいられる問題でもありません。

早速、昼休みに本屋さんに車を走らせ、即この本を購入。
そのままスターバックスに持ち込みサンドイッチをかじりながら
一気に30分間で読んでしまいました。
著者の山脇由貴子さんは児童相談センターで心理司として子供と学校、
あるいは子供と親の狭間で多くの相談にのってこられたという方。
それだけにきわめて現場目線で書かれた具体的な内容です。
しかも実際の当事者との対話を中心に書き進められているので、
自分もその場に同席しているかのような気持ちで読んでしまいました。
たぶん著者の山脇さんも決して好きこのんでこのようなタイトルをつけられたのではなかったはず。いまやそれほどまでに、いじめ問題はきれい事で解決できるものではなくなったのです。
『いじめの報道に触れるたびに思うことは、大人が知っているいじめと、子供たちのいじめの現実との、あまりにも大きなギャップである。これだけ報道されていても、いじめの本質はほとんど伝わっていない。』
単純な私は、これまでいじめによる不幸な子供の報道をテレビなどで見る度に、
机を叩かんばかりに叫んでいました。
「なぜ親に相談しなかったんだ!」
「なぜこの子の味方をしてあげる子が一人もいなかったんだ!」
「どうして先生はもっと早く気づかなかったんだ!」・・と。
しかしこの本を読むと、それらがいかに実態を知らない人間の浅はかな発想であったかを思い知らされます。
いじめは親にも相談できないようにその子供を抑圧しています。
いじめは誰一人被害者の味方ができないように他の全員に強要されます。
いじめは先生が気づけないように集団で巧みに行われます。
『(いじめに)参加していないとみなされた人間は、裏切り者の烙印を押され、次の被害者になる。ターゲットが移行するのである。(中略)いままでの被害者は嬉々として加害者に転ずる。たとえ新たなターゲットが、いままで唯一自分に加減してくれた人間であっても。加害者にならなければ再び自分が被害者になるのだ。』
あまりに悲しすぎる話です。悪魔という表現を使いたくなるのもわかります。
被害者になりたくなかったら、加害者でいなくてはならない。
本来は優しいはずの子供が、いじめられる恐怖から逃れたいために加害者にならなくてはならない。
いじめられる子供を守ろうした子が、そうしたがために今度は被害者にされる。
一体なんのための集団生活、なんのための学校なのでしょう。
ましてやこのような実態を知らずして「いじめられる方にも問題がある」などと言うのはとんでもないことです。
「自分の子供は被害者でもなく加害者でもない。そして今後も絶対にそうならない。」
そう断言できる方はおそらく誰一人おられないでしょう。
この問題の解決を教育行政の力だけに頼るにはあまりに現場とのギャップが大き過ぎます。
一人でも多くの社会人が、まず実態を知ることからしか始められないような気がします。
やるせない気分の中で唯一私が感じた希望は、著者がこの本の中の一章を使って極めて具体的な解決案を示しながら「大人が覚悟を決めればいじめは必ず解決する」とおっしゃっていることです。
“純芋“のロック、いつもより苦く感じた今夜でした・・・
そんな新聞広告のコピーがふと目につきました。
「教室の悪魔」というタイトルの本の広告でした。
一瞬サスペンスホラーかな?と思ったけど、それとはまったく違うものでした。
なんとこの不気味なタイトルの本は、
学校でのいじめの現実を取りあげたものだったのです。
たまたま前夜に草薙剛のいじめに関する番組を見ていたばかり・・。
もともと社会問題について自分の意見をブログに書くのは私の柄ではありません。
でも中一の子供を持つ親として他人事でいられる問題でもありません。
早速、昼休みに本屋さんに車を走らせ、即この本を購入。
そのままスターバックスに持ち込みサンドイッチをかじりながら
一気に30分間で読んでしまいました。
著者の山脇由貴子さんは児童相談センターで心理司として子供と学校、
あるいは子供と親の狭間で多くの相談にのってこられたという方。
それだけにきわめて現場目線で書かれた具体的な内容です。
しかも実際の当事者との対話を中心に書き進められているので、
自分もその場に同席しているかのような気持ちで読んでしまいました。
たぶん著者の山脇さんも決して好きこのんでこのようなタイトルをつけられたのではなかったはず。いまやそれほどまでに、いじめ問題はきれい事で解決できるものではなくなったのです。
『いじめの報道に触れるたびに思うことは、大人が知っているいじめと、子供たちのいじめの現実との、あまりにも大きなギャップである。これだけ報道されていても、いじめの本質はほとんど伝わっていない。』
単純な私は、これまでいじめによる不幸な子供の報道をテレビなどで見る度に、
机を叩かんばかりに叫んでいました。
「なぜ親に相談しなかったんだ!」
「なぜこの子の味方をしてあげる子が一人もいなかったんだ!」
「どうして先生はもっと早く気づかなかったんだ!」・・と。
しかしこの本を読むと、それらがいかに実態を知らない人間の浅はかな発想であったかを思い知らされます。
いじめは親にも相談できないようにその子供を抑圧しています。
いじめは誰一人被害者の味方ができないように他の全員に強要されます。
いじめは先生が気づけないように集団で巧みに行われます。
『(いじめに)参加していないとみなされた人間は、裏切り者の烙印を押され、次の被害者になる。ターゲットが移行するのである。(中略)いままでの被害者は嬉々として加害者に転ずる。たとえ新たなターゲットが、いままで唯一自分に加減してくれた人間であっても。加害者にならなければ再び自分が被害者になるのだ。』
あまりに悲しすぎる話です。悪魔という表現を使いたくなるのもわかります。
被害者になりたくなかったら、加害者でいなくてはならない。
本来は優しいはずの子供が、いじめられる恐怖から逃れたいために加害者にならなくてはならない。
いじめられる子供を守ろうした子が、そうしたがために今度は被害者にされる。
一体なんのための集団生活、なんのための学校なのでしょう。
ましてやこのような実態を知らずして「いじめられる方にも問題がある」などと言うのはとんでもないことです。
「自分の子供は被害者でもなく加害者でもない。そして今後も絶対にそうならない。」
そう断言できる方はおそらく誰一人おられないでしょう。
この問題の解決を教育行政の力だけに頼るにはあまりに現場とのギャップが大き過ぎます。
一人でも多くの社会人が、まず実態を知ることからしか始められないような気がします。
やるせない気分の中で唯一私が感じた希望は、著者がこの本の中の一章を使って極めて具体的な解決案を示しながら「大人が覚悟を決めればいじめは必ず解決する」とおっしゃっていることです。
“純芋“のロック、いつもより苦く感じた今夜でした・・・
純芋に感激
以前、「悩みのタネ」という記事を書きました。
数年前、私が始めて芋焼酎に出会った時の思い出話です。
わざわざ戻って読んでいただくのも申し訳ないので簡単にまとめます。
その出会いを提供してくれたのはIさんという取引先の社長さん。
せっかくIさんご自慢の芋焼酎をプレゼントしていただいたのに、
当時まだ芋の経験がなくて、どうしてもそのクセに馴染めなかった私。
あれから数年経って、人一倍芋ファンになった今、
もう一度同じものを飲んでみたらどんな風に感じるのか試してみたい。
ところが!・・その銘柄がどうしても思い出せなかった。
Iさんはすでに社長職を勇退され、めったに会えない人だし、
電話をして尋ねるのも、「もう一本ください!」と言うみたいで聞けない・・・
他人からみたら「なにをそんなことで・・」と思われるでしょうが、
こんなタイトルのブログを書く私としてはそれなりに深刻な悩みでした。(笑)
でもブログといのはありがたいものです。
こんなことにも、ちゃんとコメントでアドバイスを下さる方がおられました。
「年賀状で連絡してみたら!?」・・と。
なるほど! 時まさに12月も後半。
さもコトのついでの様に伝えるには絶好のタイミングではありませんか・・
このアドバイスに勇気つけられた私は、Iさんへの年賀状に大胆にもこのブログのURLを載せ、「読んでください・・」と書いたのです。
年が明けて・・・
約一週間たった昨日のこと。我が家にクロネコヤマトの小包みが届きました。
差出人はなんとそのIさん。
「来たっ!」
胸をときめかしながら、何重にもクッション材で包装された包みをほどいていくと、
その中から、ついに私が恋焦がれていた幻の芋焼酎が登場しました。
真っ先に見たラベルには“純芋”という大きな文字。
余分な飾り気のない格調高いラベルで、蔵元は国分酒造となっています。

このあとの電話でIさんにお聞きしてわかったことですが、
実は数年前、私に下さった芋焼酎は同じ蔵元が作るその名もズバリ“芋”(いも麹 芋)という銘柄で、今回送っていただいたこの“純芋”は、その“芋”の原酒に当たるものなのだそうです。
こちらならたまたま買っておいたのが一本残っていたので・・とのこと。
“芋”が判明しただけでもうれしいのに、しかもその原酒という貴重なものをいただいたのです。
感激した私は包みをほどいたままの状態ですぐさまIさんにお礼の電話を入れました。
「まるで催促したみたいで・・・」
(“まるで”どころではありません。催促以外の何ものでもない。)
でも、経営者としても人間的にも私の尊敬していたIさんは、
「私の方こそ、あなたのブログを読んで感激したよ!」と実にうれしいお言葉。
包みには、この焼酎を解説した文書のコピーと、さらにこんな達筆のメッセージまで添えていただいた。(電話の際、了解をいただいたので紹介させていただきます。)

数年前の「いきつくところは芋やで!」という自信にあふれた言葉に始まって、
今回の気持ちのこもった手書きのメッセージ。
Iさんはビジネスの世界での大先輩ですが、
商売であってもたとえ趣味の世界であっても、
人に何かを伝えていくというのはこういうことなのかな?・・とあらためて勉強させてもらった気がします。
今宵はそんなIさんに感謝しながら“純芋”をいただいた。
こいつが、数年前に私を洗礼した“いも麹 芋”の原酒なのか・・・
Iさんのお勧めどおりロックで・・
正月から紫芋やヌーヴォーといった比較的口当たりのマイルドなものを飲んでいたせいか? それとも33度の原酒だからか?
うまく書けないけれど、ものすごく男っぽい力強さを感じた。
もちろん芋ならではの芳醇さも奥底にしっかりと・・
でも決して媚びるような甘さじゃなくって、キリッとドライな感じ。
ウーン、これぞ芋の中の芋なのか・・
私の舌の成長度をためすかのように、数年ぶりにやってきた国分酒造の芋焼酎。
今回ばかりはその味わいをしっかりと受け止められたことに大満足。
それと同時に感じた素直な感想・・
「ああ、数年前の私を打ちのめしたヤツが柔な芋焼酎でなくて良かった!」
ブログと芋が演出してくれた思わぬ感動。
今年はやっぱりいいことが起こりそうなきがします!
数年前、私が始めて芋焼酎に出会った時の思い出話です。
わざわざ戻って読んでいただくのも申し訳ないので簡単にまとめます。
その出会いを提供してくれたのはIさんという取引先の社長さん。
せっかくIさんご自慢の芋焼酎をプレゼントしていただいたのに、
当時まだ芋の経験がなくて、どうしてもそのクセに馴染めなかった私。
あれから数年経って、人一倍芋ファンになった今、
もう一度同じものを飲んでみたらどんな風に感じるのか試してみたい。
ところが!・・その銘柄がどうしても思い出せなかった。
Iさんはすでに社長職を勇退され、めったに会えない人だし、
電話をして尋ねるのも、「もう一本ください!」と言うみたいで聞けない・・・
他人からみたら「なにをそんなことで・・」と思われるでしょうが、
こんなタイトルのブログを書く私としてはそれなりに深刻な悩みでした。(笑)
でもブログといのはありがたいものです。
こんなことにも、ちゃんとコメントでアドバイスを下さる方がおられました。
「年賀状で連絡してみたら!?」・・と。
なるほど! 時まさに12月も後半。
さもコトのついでの様に伝えるには絶好のタイミングではありませんか・・
このアドバイスに勇気つけられた私は、Iさんへの年賀状に大胆にもこのブログのURLを載せ、「読んでください・・」と書いたのです。
年が明けて・・・
約一週間たった昨日のこと。我が家にクロネコヤマトの小包みが届きました。
差出人はなんとそのIさん。
「来たっ!」
胸をときめかしながら、何重にもクッション材で包装された包みをほどいていくと、
その中から、ついに私が恋焦がれていた幻の芋焼酎が登場しました。
真っ先に見たラベルには“純芋”という大きな文字。
余分な飾り気のない格調高いラベルで、蔵元は国分酒造となっています。

このあとの電話でIさんにお聞きしてわかったことですが、
実は数年前、私に下さった芋焼酎は同じ蔵元が作るその名もズバリ“芋”(いも麹 芋)という銘柄で、今回送っていただいたこの“純芋”は、その“芋”の原酒に当たるものなのだそうです。
こちらならたまたま買っておいたのが一本残っていたので・・とのこと。
“芋”が判明しただけでもうれしいのに、しかもその原酒という貴重なものをいただいたのです。
感激した私は包みをほどいたままの状態ですぐさまIさんにお礼の電話を入れました。
「まるで催促したみたいで・・・」
(“まるで”どころではありません。催促以外の何ものでもない。)
でも、経営者としても人間的にも私の尊敬していたIさんは、
「私の方こそ、あなたのブログを読んで感激したよ!」と実にうれしいお言葉。
包みには、この焼酎を解説した文書のコピーと、さらにこんな達筆のメッセージまで添えていただいた。(電話の際、了解をいただいたので紹介させていただきます。)
数年前の「いきつくところは芋やで!」という自信にあふれた言葉に始まって、
今回の気持ちのこもった手書きのメッセージ。
Iさんはビジネスの世界での大先輩ですが、
商売であってもたとえ趣味の世界であっても、
人に何かを伝えていくというのはこういうことなのかな?・・とあらためて勉強させてもらった気がします。
今宵はそんなIさんに感謝しながら“純芋”をいただいた。
こいつが、数年前に私を洗礼した“いも麹 芋”の原酒なのか・・・
Iさんのお勧めどおりロックで・・
正月から紫芋やヌーヴォーといった比較的口当たりのマイルドなものを飲んでいたせいか? それとも33度の原酒だからか?
うまく書けないけれど、ものすごく男っぽい力強さを感じた。
もちろん芋ならではの芳醇さも奥底にしっかりと・・
でも決して媚びるような甘さじゃなくって、キリッとドライな感じ。
ウーン、これぞ芋の中の芋なのか・・
私の舌の成長度をためすかのように、数年ぶりにやってきた国分酒造の芋焼酎。
今回ばかりはその味わいをしっかりと受け止められたことに大満足。
それと同時に感じた素直な感想・・
「ああ、数年前の私を打ちのめしたヤツが柔な芋焼酎でなくて良かった!」
ブログと芋が演出してくれた思わぬ感動。
今年はやっぱりいいことが起こりそうなきがします!
チキンラーメンよ永遠に
安藤百福さんが一昨日に亡くなられた。
安藤さんについては日清食品の創業者ということ以外に、
特別に詳しく知っていたわけではありません。
でもこの方が世に送り出された「チキンラーメン」に対しては、私はとてつもない思い入れがあります。
特集が組まれた昨日の新聞記事によると、チキンラーメンが発売されたのが1958年。
私が生まれた2年後のことです。
どうせ1,2歳の頃というのは食べさせてもらうものが限られていたでしょうから、
そう考えると私はチキンラーメンを食べて大きくなったと言っても過言ではありません。
小学生時代は休日の朝食か昼食に
食べ盛りの頃は晩御飯までのオヤツ代わりに、
学生時代の下宿では往々にして主食となり
酒飲みオヤジになってからは、飲んで帰ったあとの最後の仕上げに・・
50年近く経っても飽きのこない味をもつこの不思議なラーメンは、
その長い年月の間、常に私の食生活の一部だったのです。
最近の数年間こそ、ダイエットやらなんやかやで頻度を抑えていますが、
子供の頃や学生の頃の大量消費時代も考慮して平均すれば、
月間平均で5食ぐらいは食べてきたはず。
月に5食ということは年間で60食。 すなわち・・
(2006年-1958年)×60食=2,880食
なんとこれまでの人生で3,000食近くを胃袋に入れてきたわけです。
最近はインスタントラーメンといってもカップが主流で商品もずいぶん多様化しました。
何百円もする高級志向ものも多く出ています。
それでも私はコンビニで何か一つ選ぶとなると
やっぱりチキンラーメンになってしまうのです。

早速今日の遅昼食に安藤さんのご冥福をお祈りしながらチキンラーメンをいただいた。
あるとき鍋を使い具を入れて作ってみたこともあったけど、
チキンラーメンはやっぱりお湯を注いで作るのが一番。
3分経って蓋を開けた時、上の方にはまだ麺が硬い部分が少し残る。
それをおおまかにほぐしながら食べると、微妙な不均一が残りこれがまたなんとも言えない香ばしさになっていい。
当然、具は一切入れません。
具を入れると、その具によってチキンラーメン独特の風味が薄められる気がするのです。
チキンラーメンは、あくまで素朴でなければいけないと思っています。
ただし、たまに上から生卵を割ります。この時も卵は最後までかき混ぜず、フィニッシュの時に麺の最後の部分と一緒に一気に口の中にかきこむのが好きです。
あと、冷やご飯の上に麺を載せて食べるのも最高にうまいです。
ただし、これをやりはじめるといくらでもご飯が進み、
肥満一直線になるのでいけません。(笑)
新聞によると安藤さんは96歳まで毎日チキンラーメンを食べて、極めて健康に生きられたらしい。これだけを読むと、私などは「おっ、チキンラーメンを食べると長生きできるんや!」と思い込みたいところですが、あいにくそんな単純なものではありません。
安藤さんは日頃から、「早寝早起き腹八分目と適度な運動」をモットーとされ、イワシなどの小魚も良く食べられたとのこと。
多分インスタントラーメンを欠かさず食べながらも、人一倍バランスの取れた食生活をしてこられたのでしょう。
食品会社の経営者は、健康でも消費者の規範にならなければいけない
それを実践されたすばらしい生き方だと感じます。
そんなことを思いながら、今年最初にすするチキンラーメンはやはりうまかった!
安藤さんが亡くなられても、チキンラーメンは永遠に不滅です!
安藤さんについては日清食品の創業者ということ以外に、
特別に詳しく知っていたわけではありません。
でもこの方が世に送り出された「チキンラーメン」に対しては、私はとてつもない思い入れがあります。
特集が組まれた昨日の新聞記事によると、チキンラーメンが発売されたのが1958年。
私が生まれた2年後のことです。
どうせ1,2歳の頃というのは食べさせてもらうものが限られていたでしょうから、
そう考えると私はチキンラーメンを食べて大きくなったと言っても過言ではありません。
小学生時代は休日の朝食か昼食に
食べ盛りの頃は晩御飯までのオヤツ代わりに、
学生時代の下宿では往々にして主食となり
酒飲みオヤジになってからは、飲んで帰ったあとの最後の仕上げに・・
50年近く経っても飽きのこない味をもつこの不思議なラーメンは、
その長い年月の間、常に私の食生活の一部だったのです。
最近の数年間こそ、ダイエットやらなんやかやで頻度を抑えていますが、
子供の頃や学生の頃の大量消費時代も考慮して平均すれば、
月間平均で5食ぐらいは食べてきたはず。
月に5食ということは年間で60食。 すなわち・・
(2006年-1958年)×60食=2,880食
なんとこれまでの人生で3,000食近くを胃袋に入れてきたわけです。
最近はインスタントラーメンといってもカップが主流で商品もずいぶん多様化しました。
何百円もする高級志向ものも多く出ています。
それでも私はコンビニで何か一つ選ぶとなると
やっぱりチキンラーメンになってしまうのです。
早速今日の遅昼食に安藤さんのご冥福をお祈りしながらチキンラーメンをいただいた。
あるとき鍋を使い具を入れて作ってみたこともあったけど、
チキンラーメンはやっぱりお湯を注いで作るのが一番。
3分経って蓋を開けた時、上の方にはまだ麺が硬い部分が少し残る。
それをおおまかにほぐしながら食べると、微妙な不均一が残りこれがまたなんとも言えない香ばしさになっていい。
当然、具は一切入れません。
具を入れると、その具によってチキンラーメン独特の風味が薄められる気がするのです。
チキンラーメンは、あくまで素朴でなければいけないと思っています。
ただし、たまに上から生卵を割ります。この時も卵は最後までかき混ぜず、フィニッシュの時に麺の最後の部分と一緒に一気に口の中にかきこむのが好きです。
あと、冷やご飯の上に麺を載せて食べるのも最高にうまいです。
ただし、これをやりはじめるといくらでもご飯が進み、
肥満一直線になるのでいけません。(笑)
新聞によると安藤さんは96歳まで毎日チキンラーメンを食べて、極めて健康に生きられたらしい。これだけを読むと、私などは「おっ、チキンラーメンを食べると長生きできるんや!」と思い込みたいところですが、あいにくそんな単純なものではありません。
安藤さんは日頃から、「早寝早起き腹八分目と適度な運動」をモットーとされ、イワシなどの小魚も良く食べられたとのこと。
多分インスタントラーメンを欠かさず食べながらも、人一倍バランスの取れた食生活をしてこられたのでしょう。
食品会社の経営者は、健康でも消費者の規範にならなければいけない
それを実践されたすばらしい生き方だと感じます。
そんなことを思いながら、今年最初にすするチキンラーメンはやはりうまかった!
安藤さんが亡くなられても、チキンラーメンは永遠に不滅です!
歩く姿勢が変わった!
以前、「マサイのように歩きたい」というタイトルでMBTというちょっと変わった靴を紹介しました。
この靴を履いて正しい歩き方をするだけで、姿勢が改善され必要な筋肉が鍛えられるというオイシイ靴だったわけですが、私が約2ヶ月間その靴を履いてどう変わったか?
突然ですが、その続編です。
結論から言えば、歩く姿勢がすっかり変わりました!
昨年自分が変化できて良かったと思うことを一つあげると言えば、その筆頭になります。
「それってそんなに大事なことなん?」と言う人がいると思います。
日頃から背筋がピンと伸びた美しい姿勢の人から思えばきっとそうでしょう。
でも私にとっては画期的なことだったんです。
以前にも書いたように、私は椎間板ヘルニアというやっかいな持病があります。
そしてその根本的な原因が姿勢の悪さにあったことも明らかでした。
さらに太った体が自ずから楽な体勢をとろうとすることで、ますます姿勢を悪化させる。
一方で贅肉による余分な加重は容赦なく椎間板にさらなる負荷をかけていく。
痩せるために無理に運動しようとするが、それがまた逆に腰を悪化させる。
これぞ私の体型をますます悪化させる“魔のスパイラル”だったのです。
歩き方が変わったと言っても、ひょっとして自分が勝手に思い込んでいるだけかもしれない・・そう思ったので、ルームランナーで歩きながら、家族に横から姿勢をチェックしてもらいました。
家族から見ても、以前とはやっぱり違っているということでした。
成功です!(笑)
しかも別にその時だけ無理やりそういう姿勢を作っているわけではありません。
自然に自分が一番気持ち良く歩ける姿勢が変わってきたのです。

この絵はそんな私の歩く姿の違いを漫画が得意な中一の娘が描いてくれたものです。
ブログに書きたいんやけどお父さんの格好をイメージして描いてよ!・・
と言ったら「いいよ!」と言ってパッと描いてくれたのです。
体型も顔も結構私に似ているということで家族でも大ウケでした。
(親ばかを承知で言えば、自分の娘ながらなかなかの才能です。^^;)
もちろん右側が以前の私、そして左が今の歩き方。
まるで教科書なんかに良くある類人猿が人類に進化する図のようにも見えますが・・(笑)
このイラストを見て姿勢の違い、わかりますよね。
前にも少し書きましたが、街を歩く人を観察してみると結構右のタイプの人って多いですよ!
細かいところを言えばきりがないのですが、①前に踏み出す出す足の着地、②体の線、③胸の張り方の3点で特徴を比べてみると・・
(右の図)以前の私の歩き方
①足を出すときに膝を曲げて体の前方に踏み出していたのでベタンという着地になる。
②体が一直線でなく、さらに顔は胸よりも前に出る。
③背中はやや前傾し、胸が窮屈な感じ。
(左の図)現在の歩き方
①振り子のように軽く膝を伸ばしながら前に出してカカトからの着地。
②こめかみ、肩、腰でできるラインが一直線になる。
③背筋がすっと伸びて、軽く胸を張る感じ。
左の歩き方だと腰や膝に衝撃がほとんどないことが、実際に歩いてみてわかります。
前にb-kumiさんがコメントで書いていてくださったように、“常に上から糸で引っ張られているような意識”という感覚が“おーコレ、コレッ”という感じで自覚できます。
(ちなみに「正しい歩き方」でグーグル検索するとトップページに出てくるサイトで詳しく正しいフォームについて書かれています。 正しい歩き方)
歩くということは程度の差こそあれ誰でも行なっている日常的な健康運動。
それだけに今までの私のように間違った姿勢は、せっかくの運動機会なのに正しく効果を出なかったり、場合によっては逆効果にしてしまわないとも限りません。
娘が書いてくれたイラストのイメージを頭に焼き付けて、
今年はいっちょうバリバリ歩いてみようと思います!
この靴を履いて正しい歩き方をするだけで、姿勢が改善され必要な筋肉が鍛えられるというオイシイ靴だったわけですが、私が約2ヶ月間その靴を履いてどう変わったか?
突然ですが、その続編です。
結論から言えば、歩く姿勢がすっかり変わりました!
昨年自分が変化できて良かったと思うことを一つあげると言えば、その筆頭になります。
「それってそんなに大事なことなん?」と言う人がいると思います。
日頃から背筋がピンと伸びた美しい姿勢の人から思えばきっとそうでしょう。
でも私にとっては画期的なことだったんです。
以前にも書いたように、私は椎間板ヘルニアというやっかいな持病があります。
そしてその根本的な原因が姿勢の悪さにあったことも明らかでした。
さらに太った体が自ずから楽な体勢をとろうとすることで、ますます姿勢を悪化させる。
一方で贅肉による余分な加重は容赦なく椎間板にさらなる負荷をかけていく。
痩せるために無理に運動しようとするが、それがまた逆に腰を悪化させる。
これぞ私の体型をますます悪化させる“魔のスパイラル”だったのです。
歩き方が変わったと言っても、ひょっとして自分が勝手に思い込んでいるだけかもしれない・・そう思ったので、ルームランナーで歩きながら、家族に横から姿勢をチェックしてもらいました。
家族から見ても、以前とはやっぱり違っているということでした。
成功です!(笑)
しかも別にその時だけ無理やりそういう姿勢を作っているわけではありません。
自然に自分が一番気持ち良く歩ける姿勢が変わってきたのです。
この絵はそんな私の歩く姿の違いを漫画が得意な中一の娘が描いてくれたものです。
ブログに書きたいんやけどお父さんの格好をイメージして描いてよ!・・
と言ったら「いいよ!」と言ってパッと描いてくれたのです。
体型も顔も結構私に似ているということで家族でも大ウケでした。
(親ばかを承知で言えば、自分の娘ながらなかなかの才能です。^^;)
もちろん右側が以前の私、そして左が今の歩き方。
まるで教科書なんかに良くある類人猿が人類に進化する図のようにも見えますが・・(笑)
このイラストを見て姿勢の違い、わかりますよね。
前にも少し書きましたが、街を歩く人を観察してみると結構右のタイプの人って多いですよ!
細かいところを言えばきりがないのですが、①前に踏み出す出す足の着地、②体の線、③胸の張り方の3点で特徴を比べてみると・・
(右の図)以前の私の歩き方
①足を出すときに膝を曲げて体の前方に踏み出していたのでベタンという着地になる。
②体が一直線でなく、さらに顔は胸よりも前に出る。
③背中はやや前傾し、胸が窮屈な感じ。
(左の図)現在の歩き方
①振り子のように軽く膝を伸ばしながら前に出してカカトからの着地。
②こめかみ、肩、腰でできるラインが一直線になる。
③背筋がすっと伸びて、軽く胸を張る感じ。
左の歩き方だと腰や膝に衝撃がほとんどないことが、実際に歩いてみてわかります。
前にb-kumiさんがコメントで書いていてくださったように、“常に上から糸で引っ張られているような意識”という感覚が“おーコレ、コレッ”という感じで自覚できます。
(ちなみに「正しい歩き方」でグーグル検索するとトップページに出てくるサイトで詳しく正しいフォームについて書かれています。 正しい歩き方)
歩くということは程度の差こそあれ誰でも行なっている日常的な健康運動。
それだけに今までの私のように間違った姿勢は、せっかくの運動機会なのに正しく効果を出なかったり、場合によっては逆効果にしてしまわないとも限りません。
娘が書いてくれたイラストのイメージを頭に焼き付けて、
今年はいっちょうバリバリ歩いてみようと思います!
新年会開幕戦
今日から本格的に業務開始です。
といっても仕事は午前中のみで切り上げ、午後からは社内の新年会でした。
午後2時開宴だったので、夕暮れには帰宅したのはいいんだけど、
酔っぱらっていたので床暖房の上で下着姿のまま爆睡。
ところがいつの間にか床暖房が切られていて、寒さで目を覚ましてしまいました。
(ダレだっ! 主人に風邪を引かそうとしてるのは・・)
そんなわけでかなりボケーっとした頭で投稿します。
社内新年会は毎年同じ日に同じ会場でおこなっています。
もちろん部屋もテーブルのレイアウトもほとんど去年と同じ。
同じ日に同じ会場で行うのは別に幹事が怠慢だからではありません。
むしろ“去年と同じ”ということに案外意味を感じています。
なぜなら、「あれからもう一年経ったんだ」ということをモロに実感できるからです。
去年はここでこんなことを言った。こんな決意をもった・・・
そして一年経って、会社や自分はどう変化したか?
そんなことを振り返りやすくなるように思います。
一年前同じ場所にいた自分と今の自分を比較して、変わったところや新しく身に着いたもの、
あきらかに進歩したものが10個やそこらはあげられないといけないと思うのです。
開宴前にはやっぱり社長の挨拶・・
日々の朝礼のスピーチじゃなくて、一年を通じてのメッセージになるものを。
みんなが早く乾杯したい気持ちはよーくわかる。
嫌われるのを自覚しながらも、これだけはどうしても言っておきたいものです。
数年前は自分の思いを「書初め」に書いて持ってきて、皆の前でおっぴろげたこともありました。
(自分では自信作だったのですが、残念ながら誰一人字を褒めてはくれなかったのでこのパフォーマンスはその年限りとなりましたが・・)
以下はそんな思いから、今日私が話した内容です。
わすれないうちにこうして記録しておけば、また来年の正月に思い出せる。
これもブログのいいところ!
昨年いろんな社員と一人一人膝を突合せて話をしてみて痛切に感じたことは
根本的に人と人の間のコミュニケーションが不足しているということ。
上司と部下、部署と部署、事務所と外回り・・
“アレ、なんで!?”と思われるような意識のズレや情報伝達の途切れが随所にありました。
「言わんでもわかってるやろう」
「自分が言わなくても誰かが言うやろう」
「いちいち言うのがめんどうくさい」
「こんなことを言うと相手が嫌がるかもしれない」
「どうせ言っても無駄やろう」
「ヘタに言って誤解されたら困る」
などなど・・・コミュニケーションをとることを消極的にさせる理由はいくらでもある。
でも、言って相手の反応が悪けば、そこでまた「なぜ?」と聞けばいい。
相手が嫌がれば、「じゃあどうしたらいい?」という対話をすればいい。
誤解されてるようだったら、とことんわかるまで話合えばいい。
途中で止めてしまうから、“どうせ無駄”ということになってしまう気がします。
問題点があるということは進化できるということ。
問題点を見て見ぬふりをするな。
意見を言うことで生まれる摩擦を恐れてはダメ。
摩擦が大きければ大きいほど、それを乗り越えて得られる進化も大きいはず。
さて、その後のアルコールで、一体どれだけの社員が頭に残してくれたでしょう・・・
といっても仕事は午前中のみで切り上げ、午後からは社内の新年会でした。
午後2時開宴だったので、夕暮れには帰宅したのはいいんだけど、
酔っぱらっていたので床暖房の上で下着姿のまま爆睡。
ところがいつの間にか床暖房が切られていて、寒さで目を覚ましてしまいました。
(ダレだっ! 主人に風邪を引かそうとしてるのは・・)
そんなわけでかなりボケーっとした頭で投稿します。
社内新年会は毎年同じ日に同じ会場でおこなっています。
もちろん部屋もテーブルのレイアウトもほとんど去年と同じ。
同じ日に同じ会場で行うのは別に幹事が怠慢だからではありません。
むしろ“去年と同じ”ということに案外意味を感じています。
なぜなら、「あれからもう一年経ったんだ」ということをモロに実感できるからです。
去年はここでこんなことを言った。こんな決意をもった・・・
そして一年経って、会社や自分はどう変化したか?
そんなことを振り返りやすくなるように思います。
一年前同じ場所にいた自分と今の自分を比較して、変わったところや新しく身に着いたもの、
あきらかに進歩したものが10個やそこらはあげられないといけないと思うのです。
開宴前にはやっぱり社長の挨拶・・
日々の朝礼のスピーチじゃなくて、一年を通じてのメッセージになるものを。
みんなが早く乾杯したい気持ちはよーくわかる。
嫌われるのを自覚しながらも、これだけはどうしても言っておきたいものです。
数年前は自分の思いを「書初め」に書いて持ってきて、皆の前でおっぴろげたこともありました。
(自分では自信作だったのですが、残念ながら誰一人字を褒めてはくれなかったのでこのパフォーマンスはその年限りとなりましたが・・)
以下はそんな思いから、今日私が話した内容です。
わすれないうちにこうして記録しておけば、また来年の正月に思い出せる。
これもブログのいいところ!
昨年いろんな社員と一人一人膝を突合せて話をしてみて痛切に感じたことは
根本的に人と人の間のコミュニケーションが不足しているということ。
上司と部下、部署と部署、事務所と外回り・・
“アレ、なんで!?”と思われるような意識のズレや情報伝達の途切れが随所にありました。
「言わんでもわかってるやろう」
「自分が言わなくても誰かが言うやろう」
「いちいち言うのがめんどうくさい」
「こんなことを言うと相手が嫌がるかもしれない」
「どうせ言っても無駄やろう」
「ヘタに言って誤解されたら困る」
などなど・・・コミュニケーションをとることを消極的にさせる理由はいくらでもある。
でも、言って相手の反応が悪けば、そこでまた「なぜ?」と聞けばいい。
相手が嫌がれば、「じゃあどうしたらいい?」という対話をすればいい。
誤解されてるようだったら、とことんわかるまで話合えばいい。
途中で止めてしまうから、“どうせ無駄”ということになってしまう気がします。
問題点があるということは進化できるということ。
問題点を見て見ぬふりをするな。
意見を言うことで生まれる摩擦を恐れてはダメ。
摩擦が大きければ大きいほど、それを乗り越えて得られる進化も大きいはず。
さて、その後のアルコールで、一体どれだけの社員が頭に残してくれたでしょう・・・
整理術
零細企業の社長は今日が初出勤。
・・と言っても緊急時の留守番みたいなもの。
さすがにまだ2日、ほとんど電話も鳴らないので会社のデスクからの投稿です。
今日のタイトル、一見お正月と関係がないようですが、
実は私にとってものすごく重要な意味があります。
というより正月のうちにきっちり決意しておかねばならないことなのです。
毎年、年の初めにはなんらかの目標を立てますよね。
ブログでコミットするというのも、それを達成しやすくするチャンスかもしれません。
私の立てるいくつかの年間目標の中で、
ここ数年、毎年のように性懲りもなく登場するものがあります。
一つはダイエット、そしてもう一つが「常に整理整頓をすること」。
ダイエットの方は昨年、まだ途上ではありますが一応成功しました。
その一方で、もう一つの常連目標だった整理整頓については・・・
昨年も無残なまでに壊滅状態でした。
年末に引き出しの中や書棚に突っ込まれた書類のファイルや書物類を大整理していたら、
なんと“整理術”に関する本が3冊も発掘されました。
それぞれ、その時点で必要性を痛感して買い込んだ本だったのですが、
読みきらないうちに、いつの間にかどこにやったかわからなくなっていたのです。
整理術の本さえも、ミイラ取りのミイラにしてしまうこの体たらく・・

この際恥さらしをもう一つ・・
私は毎朝7時に出社してメールチェックや各種資料を見ながら朝礼準備をします。
やがて出社してきた女子社員が、けな気に雑巾をもって机の上を拭きに来てくれます。
ところが私のデスクの上は書類や郵便物が一面に積み上げられているのが通常の有様。
「おお、ありがとう! すまんなぁ~」
雑巾を目の前にした私は、せっかく来てくれた女子社員に拭いてもらうために
あわてて散らばった書類を持ち上げていました。
そのうちメールをタイピング中だったりして手がふさがっていると、
「あ、空いてるところだけでいいよ。」
ところがその「空いたところ」が日々に少なくなっていくのです。
やがて、女子社員はいつの間にか私の机を拭きにこなくなりました。
あまりにも机の地肌スペースが少なくて、拭く意味がないということになったのでしょう。
客観的に見ると“見捨てられた”とも言えるのかもしれません。
なぜこうなってしまうのか・・・
ひとえに私の“ルーズなくせにせっかち”な性格によるものです。
何か書類を読んで作業をしているうちに、必ず別の資料を見てみたくなる。
そんな時に前の書類を元に戻さずに、そこらに置いたまま次に資料をひっぱり出してくる。
そのうち次の用事が発生して席を立つ。書類は当然そのままに・・
やがて、それらは本来の場所を見失ったまま机の上に蓄積されていく。
それの繰り返しなのです。
そこへもって新たなFAXや郵便物、要捺印書類や社員の提出物が容赦なく置かれる。
いま忙しいから、これはまたあとで処理しよう・・が繰り返されることによって
結局とんでもないことになっていったのです。
昨日の元旦、写真の真ん中の1冊「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」を読んでみました。
確か2,3年前に買ったものです。
本屋さんの店頭で、まるで私に呼びかけているかのようなタイトルを目にして、
思わず「ハイッ!」と返事をして手に取った本でした。
なんでも「平均的なビジネスマンは探し物をするためだけに1年間に150時間を浪費している。ということは、探し物をせずにすめば、毎年ほぼ一ヶ月分の時間が浮く計算になる。」
という書き出しで始まるこの本をあらためて読んでみると、
悪い例としてまるで私の生活をのぞいていたかのようなことが書かれています。
読んでいるうちに、「もう充分わかりました!」「降参!」・・と言いたくなります。(笑)
見た目に書類が山積みしているのも決して好ましいことではありませんが、
書類を捜すというロス時間の累積が年間150時間あるとしたら(きっとあったと思います)、
これは経営者として犯罪的な行為です。
個人的なことで恐縮ですが、ブログという場をお借りしてここに宣言いたします。
・書類は「後で・・」と考えず、必ずその場で判断処理します!
・不要なものは「いつか要るかも・・」なんて思わず即刻廃棄します!
・退社時には必ず机の上に何も書類を置かない状態にします!
といいながらも、そのうちついつい決意を忘れてしまうのが今までのパターン。
そこでいいアイデアが浮かびました。
「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」
この本を机の上に常時置いておけばいいのです。
あ、いけない! これがまた物を置く始まりになってしまう・・
・・と言っても緊急時の留守番みたいなもの。
さすがにまだ2日、ほとんど電話も鳴らないので会社のデスクからの投稿です。
今日のタイトル、一見お正月と関係がないようですが、
実は私にとってものすごく重要な意味があります。
というより正月のうちにきっちり決意しておかねばならないことなのです。
毎年、年の初めにはなんらかの目標を立てますよね。
ブログでコミットするというのも、それを達成しやすくするチャンスかもしれません。
私の立てるいくつかの年間目標の中で、
ここ数年、毎年のように性懲りもなく登場するものがあります。
一つはダイエット、そしてもう一つが「常に整理整頓をすること」。
ダイエットの方は昨年、まだ途上ではありますが一応成功しました。
その一方で、もう一つの常連目標だった整理整頓については・・・
昨年も無残なまでに壊滅状態でした。
年末に引き出しの中や書棚に突っ込まれた書類のファイルや書物類を大整理していたら、
なんと“整理術”に関する本が3冊も発掘されました。
それぞれ、その時点で必要性を痛感して買い込んだ本だったのですが、
読みきらないうちに、いつの間にかどこにやったかわからなくなっていたのです。
整理術の本さえも、ミイラ取りのミイラにしてしまうこの体たらく・・

この際恥さらしをもう一つ・・
私は毎朝7時に出社してメールチェックや各種資料を見ながら朝礼準備をします。
やがて出社してきた女子社員が、けな気に雑巾をもって机の上を拭きに来てくれます。
ところが私のデスクの上は書類や郵便物が一面に積み上げられているのが通常の有様。
「おお、ありがとう! すまんなぁ~」
雑巾を目の前にした私は、せっかく来てくれた女子社員に拭いてもらうために
あわてて散らばった書類を持ち上げていました。
そのうちメールをタイピング中だったりして手がふさがっていると、
「あ、空いてるところだけでいいよ。」
ところがその「空いたところ」が日々に少なくなっていくのです。
やがて、女子社員はいつの間にか私の机を拭きにこなくなりました。
あまりにも机の地肌スペースが少なくて、拭く意味がないということになったのでしょう。
客観的に見ると“見捨てられた”とも言えるのかもしれません。
なぜこうなってしまうのか・・・
ひとえに私の“ルーズなくせにせっかち”な性格によるものです。
何か書類を読んで作業をしているうちに、必ず別の資料を見てみたくなる。
そんな時に前の書類を元に戻さずに、そこらに置いたまま次に資料をひっぱり出してくる。
そのうち次の用事が発生して席を立つ。書類は当然そのままに・・
やがて、それらは本来の場所を見失ったまま机の上に蓄積されていく。
それの繰り返しなのです。
そこへもって新たなFAXや郵便物、要捺印書類や社員の提出物が容赦なく置かれる。
いま忙しいから、これはまたあとで処理しよう・・が繰り返されることによって
結局とんでもないことになっていったのです。
昨日の元旦、写真の真ん中の1冊「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」を読んでみました。
確か2,3年前に買ったものです。
本屋さんの店頭で、まるで私に呼びかけているかのようなタイトルを目にして、
思わず「ハイッ!」と返事をして手に取った本でした。
なんでも「平均的なビジネスマンは探し物をするためだけに1年間に150時間を浪費している。ということは、探し物をせずにすめば、毎年ほぼ一ヶ月分の時間が浮く計算になる。」
という書き出しで始まるこの本をあらためて読んでみると、
悪い例としてまるで私の生活をのぞいていたかのようなことが書かれています。
読んでいるうちに、「もう充分わかりました!」「降参!」・・と言いたくなります。(笑)
見た目に書類が山積みしているのも決して好ましいことではありませんが、
書類を捜すというロス時間の累積が年間150時間あるとしたら(きっとあったと思います)、
これは経営者として犯罪的な行為です。
個人的なことで恐縮ですが、ブログという場をお借りしてここに宣言いたします。
・書類は「後で・・」と考えず、必ずその場で判断処理します!
・不要なものは「いつか要るかも・・」なんて思わず即刻廃棄します!
・退社時には必ず机の上に何も書類を置かない状態にします!
といいながらも、そのうちついつい決意を忘れてしまうのが今までのパターン。
そこでいいアイデアが浮かびました。
「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」
この本を机の上に常時置いておけばいいのです。
あ、いけない! これがまた物を置く始まりになってしまう・・
竜馬の気分
何でも思い切ってやってみることですよ。
どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様骨となって一生を終えるのだから。
皆様、あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いいたします。
冒頭のいきなりのフレーズは、別に酔っ払っているせいではありません。
ご存知、坂本竜馬の言葉です。
これまでも何度か二の足を踏む私の背中を押してくれた言葉でしたが、
50代になって迎える最初の元旦。
一年で最初に書く言葉を今年一年の自分の大指針にさせていただきました。
そう言えば、20代、30代の時に50代の人を見ると、
ものすごい年配に見えたものです。
いま若い人から見て自分がその対象なっている・・
客観的に自分を眺めてみてあらためてドキッとしてしまいます。
バリバリやりたいことがやれる時も、そう何年も残されているわけではありません。
“野辺の石ころ”になることも、若い頃の様に恐れる年代ではなくなりました。(笑)
「あの時、思い切ってやっておけば・・」
そういう後悔だけは絶対にしたくありませんから。

そんな思いを懐きながらいただくおせち料理。
家族の一番人気は、我が家の定番となっている家内の手作りの焼豚。
(写真ではほとんど見にくいですがお重の左端)
これがまた甘みと生姜風味が絶妙でイケルんです!
そしてお屠蘇がわりに選んだ芋焼酎は、さつま無双(黒)のヌーヴォー。
年末に正月用に買い込んでおいた何本かのうちの1本です。
紫芋焼酎とこのヌーヴォーのどちらにしようか迷ったのですが、
昨日の大晦日に紫芋を開けてしまったので、こちらが栄えある元旦の酒になりました。
“ヌーヴォー”はワインの世界ではおなじみの言葉ですが、
芋焼酎でのヌーヴォーというのは、この年に収穫された芋を使った新酒で
生産者協議会である基準を満たした焼酎に与えているらしいです。
強烈な赤を使った派手なラベルが、なんとなくおめでたいではありませんか。(笑)
いささか販売戦略に乗せられている感がしないでもないよなぁ・・
なんて思いながら飲んでみたら、これがまたものすごく滑らかな口当たり!
芋の甘い香りをただよわせた上で、どことなく大吟醸の日本酒に共通する味わいも。
最初だけストレートにして、あとはロックで・・と思っていたのに、
結局ストレートのままボトル半分空けてしまいました。あれま・・
残念ながらレギュラーのさつま無双を飲んだことがないので、
ヌーヴォーだからかどうなのかはわからないけれど、
なんとなくおみくじで大吉を引き当てたような幸福感でした。
今年もおいしい晩酌が飲めるように、一日一日を全力で・・!
どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様骨となって一生を終えるのだから。
皆様、あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いいたします。
冒頭のいきなりのフレーズは、別に酔っ払っているせいではありません。
ご存知、坂本竜馬の言葉です。
これまでも何度か二の足を踏む私の背中を押してくれた言葉でしたが、
50代になって迎える最初の元旦。
一年で最初に書く言葉を今年一年の自分の大指針にさせていただきました。
そう言えば、20代、30代の時に50代の人を見ると、
ものすごい年配に見えたものです。
いま若い人から見て自分がその対象なっている・・
客観的に自分を眺めてみてあらためてドキッとしてしまいます。
バリバリやりたいことがやれる時も、そう何年も残されているわけではありません。
“野辺の石ころ”になることも、若い頃の様に恐れる年代ではなくなりました。(笑)
「あの時、思い切ってやっておけば・・」
そういう後悔だけは絶対にしたくありませんから。
そんな思いを懐きながらいただくおせち料理。
家族の一番人気は、我が家の定番となっている家内の手作りの焼豚。
(写真ではほとんど見にくいですがお重の左端)
これがまた甘みと生姜風味が絶妙でイケルんです!
そしてお屠蘇がわりに選んだ芋焼酎は、さつま無双(黒)のヌーヴォー。
年末に正月用に買い込んでおいた何本かのうちの1本です。
紫芋焼酎とこのヌーヴォーのどちらにしようか迷ったのですが、
昨日の大晦日に紫芋を開けてしまったので、こちらが栄えある元旦の酒になりました。
“ヌーヴォー”はワインの世界ではおなじみの言葉ですが、
芋焼酎でのヌーヴォーというのは、この年に収穫された芋を使った新酒で
生産者協議会である基準を満たした焼酎に与えているらしいです。
強烈な赤を使った派手なラベルが、なんとなくおめでたいではありませんか。(笑)
いささか販売戦略に乗せられている感がしないでもないよなぁ・・
なんて思いながら飲んでみたら、これがまたものすごく滑らかな口当たり!
芋の甘い香りをただよわせた上で、どことなく大吟醸の日本酒に共通する味わいも。
最初だけストレートにして、あとはロックで・・と思っていたのに、
結局ストレートのままボトル半分空けてしまいました。あれま・・
残念ながらレギュラーのさつま無双を飲んだことがないので、
ヌーヴォーだからかどうなのかはわからないけれど、
なんとなくおみくじで大吉を引き当てたような幸福感でした。
今年もおいしい晩酌が飲めるように、一日一日を全力で・・!
