2006年12月31日

年越しうどん

あと5時間弱で2006年も終わろうとしていまず。
大晦日と言えば、年越しそばですよねぇ。普通は・・
でも我が家では何故か“年越しうどん”。
それも手打ちなのです。

うどんを打つのは何度かこのブログにも登場した大学生の息子。
どこでどう興味を持ったのか、彼はここ数年大晦日になるとうどんを打つのです。
あわただしい年末の台所を粉だらけにしてしまうので、
家内はどちらかと言えば彼がうどん打ちをおっぱじめることを
密かに恐れていたことを私は知っていました。

今年は仙台から帰省してきたばかりなので、多分やらないんじゃないか・・

そんな家内の淡い期待をよそに、彼は昨夜からしっかりとうどんをこねはじめ、
ビニール袋にいれた生地を足で踏んづけたりしていたのでした。



写真は本日の夕方、寝かして伸ばした生地を包丁で麺にカットしているところです。
そばで見ていると年々、随所の技にこだわりを持つようになってきたようです。
もうこうなると、ちょっとした特技です。
多少台所が粉だらけになることは目をつむってやらなければなりません。

そもそもなぜ大晦日には年越しそばを食べる習慣があるのでしょう。
チラッとネットで調べたところによると、“細く長く生きることを願って”という説が本流のようです。
だったら、“太く長く”のうどんの方がいいのでは?なんて思ったり・・

先ほど、無事に茹で上がった手打ちうどんをいただきました。
大晦日の晩酌は正月用に買っておいた紫芋でつくられた「しまむらさき」。
なんとなく、紫というのがおめでたい感じがするじゃないですか?(笑)
紫芋の焼酎は初めてですが、通常の芋よりも甘みがあるとのこと。
確かに香りをかぐと、そのままアイスクリームしても良さそうなほどの甘い香り。
ただし喉を通る時は、意外に普通の辛さに変わってしまうように感じます。



ところで肝心の手打ちうどん味の方は・・?

それがなかなかのものです!
私の大好物の讃岐うどんそっくりのコシがありました。
ただ、茹で不足でちょっぴり芯もあったかな(笑)。

太く長く、そして芯のある生き方を・・ということでしょうか。

皆さん、どうぞよいお年をお迎えください!


Posted by 芋焼酎 at 19:20 Comments( 7 ) TrackBack( 4 ) 焼酎

2006年12月30日

利き酒大会

年末も押迫り、会社の机の周りを大掃除。
(零細企業のウチはまだ明日が御用納めなのです)
とにかく私は整理というものが苦手な人間。
要らないものまで書棚や机の中にどんどん貯めこんでしまうタイプです。
こういう機会に、何年間も使うことがなかった書類を一斉に放り出して
大胆に捨ててしまうという作業をしていました。

机の引き出しを開けて、
ひとつひとつ中味を確かめながらどんどんダンボールに放り投げていると、
突然、私宛の白い郵便封筒がでてきました。
裏の差出人を見ると草津税務署。
ドキッとしながら(別にドキッとする必要はないのですが・・)、「はて、なんだったろう?」と思って中味を見てみたら、こんなものが入っていたのです。
ジャーン!



ちょうど10年前に行われた利き酒大会で優勝した時の賞状ではありませんか。
すっかり忘れていましたが、徐々に記憶が甦ってきました。
当時、税務署主催で法人対象の利き酒大会というのが年一回開催されていたのです。
ところが、この日出席予定だった当時の社長に急用ができ、急遽ピンチヒッターで何故か私が出席することになったのです。
単に“好きそうなやつ”ということだけで私が指名されたのでしょう。

会場は確か4~50人の参加者でにぎわい、武豊騎手もゲスト参加されていました。
わけのわからないままに何種類かのビールや日本酒などを飲み比べて銘柄や分類を推測して解答用紙に記入して提出しました。
量は飲んでいても決して味のわかる方ではなかった当時の私ですが、終了後に行われた採点結果発表と表彰式では突然“優勝者”としてアナウンスされびっくり。
野球なんかでケガした選手の代わりに急遽一軍に上げられた選手が、いきなり初打席だけホームランを打つことって案外あるけど、まさにそんな感じです。


次々と古い書類をゴミ用ダンボールに放り投げていた私も、さすがにこの賞状は捨てるわけにはいきません。
もう一度、大事に引き出しに戻そうとした時・・・
「ん? ちょっと待てよ・・・」
すぐさまこれをスキャナーの上に載せました。
そうです、ブログにアップすることを思いついたのでした。


ただ私は何分神経の細やかな人間 (今頃、これを読んでいる家内は「ハァ?」と言っているでしょうが)。
いざwebにアップしようとなると、何かと葛藤が生じるものです。

こんなものを出したら、見た人が私のことを“いちびり”だと思うじゃないか・・

実際いちびりだから仕方がないだろう!
それより個人名の賞状なんて、子供の時にもらった絵の賞状以来じゃないか・・
まして、税務署長から賞状をもらうなんて一生ないぞ!

何も写真までウレシそうに出さなくてもいいだろう・・

仮にも酒をテーマに書いてるブログじゃないか。
床屋さんにも、カットコンテスト優勝とかの賞状が飾ってあったぞ。
ブログオーナーとしてのひとつの看板にしてもいいじゃないか。
(おっ、一見まともな理由のようにも聞こえる・・)

たまたまこのページを税務署の関係者の人が見て、該当者を調べ上げて当社に立ち入りに入ることを思いつかれたらどうする?

バカ、何もやましいことはないから大丈夫だ!
むしろ、これを見せれば何かあった時の免罪符になるかもしれない。
(なるわけないだろう!)

まぁそんな馬鹿げたことを考えなら、ブログという近代的なメディアの普及のおかげで、机の引き出しに埋もれていたままのこの賞状は、10年の歳月を経て陽の目を見ることになったわけです。

世の事情でしょうね。 この年を最後にこの利き酒大会はおこなわれていないようです。
私にとっては最初で最後の利き酒大会。それだけに貴重な栄誉(笑)です。

でも、どうして当時、税務署さんが利き酒大会を開催されていたのか?
よく考えたらアルコール類にはかなりな酒税が含まれております。
多分、そのことの理解と啓蒙が目的だったのでしょう。

そうか! 酒税に関しては私は堂々たる優良納税者なんだ・・

10年目にして意味がわかった賞状でした。


Posted by 芋焼酎 at 12:42 Comments( 7 ) TrackBack( 0 ) 雑感

2006年12月28日

仙台から・・・

朝から娘がはしゃいでいました。
「タンタンタン、タンタンタン・・・♪」

唄っているのではありません。
今日は仙台から我が家の大好物、牛タンがやってくるのです!

いや、正確に言うと、仙台に住んでいる長男が牛タンを土産に帰ってくるのです。


私が普段よりやや早めに会社から帰宅すると、半年振りに見る息子が既に家に居た。
お互い顔を見合わせるやいなや、それぞれの髪型にいちゃもんを付け合う。(笑)
息子の土産は仙台壱番町の老舗“太助”の牛タンと焼酎が一本。
牛タンは予測していたけれど、焼酎は予想外。
うれしいことに仙台空港でオヤジのために買ってくれたものらしい。
(所詮、出所はこちらの仕送りだが・・)

初めてみる東北の焼酎は真っ黒な箱入りで、名前は「秘酔」。
瓶のラベルを見ると「長期熟成43度」と書かれている。キツそうである。
東北産だから、当然芋ではなくて「麦」・・・と思って、よーく見たらなんと「米」だった。
最近はもっぱら「芋」を飲んでいたけど、相手が牛タンならなんでもいい。(笑)



太助の牛タンと43度の米焼酎、仲良く記念写真を済ませた後、空腹の一家は待ち構えたように焼き始めました。
太助の牛タン(b-kumiさんもお勧めでした!)は私と息子の超お気に入り。
写真ではパックにギュウギュウ(シャレではありません・・)に詰め込んであるのでよくわからないけれど、一切れが1cm近い厚みがあります。
またその厚みや形状が甚だ不均一なところがまたいいのです。
焼いて食べると、なんとも言えない歯ごたえと弾力性。
焼肉屋さんの塩タンとは根本的に違って、中心部まで染み込んだ熟成された味わいがある。
福岡の明太子にも共通する各店秘伝の味付けなのでしょう。

焼酎は牛タンとの相性も抜群。
食卓にずらり並んだ芋の瓶を差し置いて、今夜ばかりは東北からのお客様「秘酔」をいただいた。
43度なのでさすがに水割りで。
コクのある太助の牛タンを「秘酔」の水割りはさわやかに引き立ててくれる。
分厚いタンに噛み付きながら息子に尋ねると、学生同士で飲む時はもっぱらカクテルかウィスキーらしい。
私の時代と違って、今時の学生はずいぶんオシャレな飲み方をしている。
焼酎はほとんど未経験という息子に、まず最初に「秘酔」を飲ませて、次に私お勧めの“芋”を飲ませてみた。
てっきりクセの強い芋は顔をしかめると思ったら、意外にも「芋のほんのりした甘味が口当たりがいい」とのこと。

私が何十年もかかって理解した芋を、その年で簡単に「口当たりがいい」なんて言うなよ・・
と内心思ったけれど、
良く考えてみたら、彼はまだ麦も米も焼酎自体を知らない人間。
そういう人間からみたら、甘みのある芋は案外すんなり受け入れられるのかもしれません。

もっぱら牛タンと焼酎の話題の合間に、思い出したように一人暮らしの様子を尋ねてみる。
なんでも「30時間起きて、20時間寝る」というような生活をしているとのこと。
受験生時代、家に居る時からそういう傾向があったので、決してオーバートークでないことは親としても想像できる。
自分も好き勝手な学生生活を送ったので、うるさいことは何も言わない。
ただ事故なく無事に卒業してくれれば・・(笑)。

気持ち良く酔っ払って、息子と居間でテレビを見ているうちにうたた寝をしてしまった。
目を覚ますと息子の姿はなく、家内に聞くと既に自分の部屋で高いびきとのこと。

今から20時間睡眠に入ったのでしょうか・・・


2006年12月26日

年賀状とブログ

ブログを書き出すととまらないくせに、
年賀状書きに関してはいっこうに重い腰が上がらない。
私は何をするにしても、最初の一歩を踏み出すのに巨大なエネルギーが要るようです。

昨日ようやくここ数日の懸念だった年賀状作成にとりかかりました。
昔と比べたら、パソコンのおかげで随分楽になりましたよね。
最初の一歩さえ踏み出したら、案外ずんずんと進むものです。
以前なら一番骨が折れた宛名書きも、パソコンに任せてしまえば、こちらが不安になるぐらいに簡単に済んでしまう。
それだけに手書きで添える一言メッセージをどう書くか悩むところです。

何年も会っていない友人に、「今年もよろしく」 はどう考えてもおかしい。
「今年こそ一度飲もうや!」 というフレーズも、実現しないまま5年も続くとどうかと思ってしまう。
ちょっと凝った文句を書いてみたりするけれど、ひょっとして去年も同じことを同じ人に書いていたかもしれないという不安。

まぁ、そう堅く考える必要もないのかもしれません。
古い友人が、“今もやっぱり元気でやっているんだなぁ・・”ということを一年に一度確認しあえるだけでも十分価値がある気がします。

ところで、今年の年賀状作成で、昨年までには無かった新たな迷いが発生しました。
この始めたばかりのブログのアドレスを記載したものかどうか・・・?
相手に対する自分の近況報告ということなら、これほど詳しいものはないわけです。
ただ、年賀状を出す全ての人にプライベートな日誌の存在を知られるのは抵抗もあります。
本名を伏せて書いておられる他のブロガーの皆さんはどうなさっているのかな・・・?
なんて考えながら、結局はアドレス入りとそうでないのとを作り、相手によって使い分けることにしました。

基本的に社内の人間や、その他仕事でつきあいのある人には内緒です。
だって、暇そうに思われても困りますから(笑)。
(実際は人一倍、時間のやりくりは工夫しているのですが・・)

もしあの人と会えたら、久しぶりにゆっくり語り合いたい・・
そんな友人には、もちろんアドレス入りにしました。
いま新年の年賀状を見てこのページに来てくれたなつかしの我が友!
読んでくれましたか?

「僕はこんな風に腰痛やメタボリックと戦いながらも元気ですよぉ~」


Posted by 芋焼酎 at 01:01 Comments( 4 ) TrackBack( 0 ) 交友

2006年12月24日

イブの思い出

我が家のクリスマスイブのここ数年の伝統 (数年で伝統と呼べるかどうかは別にして) として行なわれているイベントが、家族でのプレゼント交換会。
子供会なんかでは良くあるやり方ですが、家族それぞれが一人一品500円程度のプレゼントを用意して、ケーキを囲み、クリスマスソングを歌いながら持ち寄ったプレゼントをグルグル回します。
歌が終わった時に手にしたものがその人へのプレゼントというわけです。
結構安くついて、それでいていつも大笑して楽しめます。
別に何が当たってもいいのです。不釣合いなものであってもそれはそれで爆笑できます。

もちろん家族だけなので、人数は子供二人に義理母を含めても5人。
しかも今年は長男が一人暮らしを始めて帰省は年末なので4人。
ちょっと寂しい人数ですが、それでもわが家の伝統行事は今年も継続されました。

イブの思い出として今でも心に残っているのは21年前のこと。
当時まだ独身で、某大手企業で営業マンをしていた私は
その会社の京都支店に勤務していました。
なんとイブの夜が、その会社の社内忘年会だったのです。
本当ならイブの夜ぐらいはそれぞれプライベートを大切にしたいもの。
なぜあえてそんな日に会社の忘年会をやるのか・・?

営業所だから社員は営業マンばかり。みんなそれぞれいくつもお得意先をもっていました。
そのお得意先の忘年会がある度にお付き合いでそれに出席するのが慣例だったのです。
だから各社員とも12月後半は連日の忘年会。
でもさすがにクリスマスイブの夜に忘年会をやるお得意先はありません。
つまり、当社の社員が揃って空いている日が唯一イブしかなかったのです。
当時の所属長は、自分がどれだけ家族を省みずに仕事をするかをまるで武勇伝のように自慢する人でした。
心の中では「そうじゃないだろう!」とは思いながらも
そこはサラリーマンの宿命。
「男たるもの、やっぱりそうですよねぇ!」とその上司に相槌をうつ、けな気な部下の私。

そんな感じで上司に酒を注いでまわってヨイショする忘年会も終わると
終了後はいそいで祇園の一角のケーキ屋さんに立ち寄り、
店頭に積まれたケーキを購入してタクシーに飛び乗りました。
目指す先はつきあっていた彼女の家。
あ、もちろん今の家内です。(そうでなければここに書けるわけがありません!)
夜も遅い時間帯に、ほろ酔いでケーキをぶら下げてやってきたサンタを
当時の家内ははしゃいで迎えてくれました。


あれから21年。
ささやかではあっても、家族でプレゼント交換をしながら
大笑いできる今を幸福に感じます。



この歳になってのクリスマスイブは、若者のようなロマンチックなものではありませんが、
今自分の周りに居てくれる人の存在に感謝する日のような気がします。
あらためて家内に感謝、子供たちに感謝。
そして、会社のみんなにも・・

前の会社の思い出が私の脳裏にあったからかもしれません。
10年前からクリスマスには全社員にケーキをプレゼントしています。
日ごろは残業や休日出勤だらけの会社。
やっぱり家族あっての仕事ですよねぇ・・・
今頃はそれぞれの家庭で笑い声が響いていることを祈って。

メリークリスマス!



2006年12月23日

マサイのように歩きたい

最近ちょっとハマっているものがあります。
間もなく一年も終わろうとしていますが、ひょっとすると
この一年間の間に私が入手したものの中で、最大の収穫物になるのかもしれません。
・・・それがこの靴。



写真でおわかりでしょうか?
一見、よくある運動靴のようですが靴底の形状を見て下さい。
フローリングの継ぎ目の直線と比べると、そのカーブがはっきりわかると思いますが、
通常の靴とちがって、靴底がつま先からカカトにかけて異様にボリューム感のある丸みを帯びているのです。

この奇妙な靴の存在を教えてくれたのは前にブログでもご紹介した整体師の山田君。
この整体院へは月に一回通っているわけですが、先々月の受診の時でした。
整体をしてもらった後のほっこりした体で、いつものように彼がいれてくれたエスプレッソをご馳走になっている時、おもむろに彼は新しく取り扱いを始めたというこの靴を私に見せながら説明してくれたのです。
自分でも履いてみてすっかり気に入っている様子の彼は、熱心にその特徴を話してくれました。

なんでも、この靴を履いて正しく歩くだけでトレーニングになると言うのです。

まず姿勢が良くなる腰や関節に負担をかけない、今まで眠っていた筋肉が鍛えられる基礎代謝が上がるので痩せ易くなる・・

ホー・・、健康オタクの私を魅了するフレーズがポンポン飛び出すではありませんか!
しかも、カタログを見るとスニーカータイプからカジュアル、ビジネス用までいろいろな種類がある。
心の中ではもうほとんど買う気になってしまっていました。

最後に値段を聞きました。1足が約30,000円とのこと。

ぎょっ!

カタログだけをもらって、「また考えておくわ~」。
そんな感じでとりあえずその日は帰りました。

恐らく皆さんもそうでしょうが、未知なる物の購入を検討する場合、
まずネットで情報を収集することから始めますよね。

この靴の名称はMBT
グーグルで検索すると“主力戦闘戦車MBT”と入り混じって出てくるのですが、そっちではありません。だから「MBT シューズ」で検索した方がいいです。
正式にはマサイ・ベアフット・テクノロジーの略のようです。
いろいろ調べてみた結果、本当に椎間板ヘルニア持ちの私に合うかどうかは半信半疑でしたが、理論的には充分納得できるものを感じたので、とりあえず一ヵ月後の整体の時に1足購入しました。
それが写真のスニーカータイプのやつです。

以下、私が実際に手にして理解したMBTの特徴を書いておきます。
まず、この名称について。何故こんな名前がついているのか?
マサイ族っていますよね。世界で一番姿勢がいいと言われている民族らしいです。
そういえば、写真のような感じで、スーっと背筋を伸ばして歩くイメージがあるじゃないですか。頭の上に荷物のカゴを載せたまま歩いたりして・・
ようするにバランスのとれた真っ直ぐな姿勢で歩くからそんなことも可能なんですね。
マサイ族は通常、草原をハダシで歩くので、自然にこのような姿勢で歩く習慣が見についているそうなのです。



それに対して現代人は、大抵やや背中を前かがみにした前傾姿勢で歩いているとのこと。
ためしに外出した時に、街行く人達の歩き方を観察してみました。
理想的な立つ姿勢や歩く姿勢は横から見た時に、耳--肩--股関節--くるぶしが一直線になるとのこと。
ところが、大方の人は前傾してアゴが胸よりも前に突き出て歩いているのがわかります。
特に年配になるほどその傾向が顕著です。
これまでの私はその典型的な例だったに違いありません。それが原因で椎間板ヘルニアになったとも言える私は、いまさらながら“人の振り見て我が振りを治す”ことに気づかされたのです。
逆にたまにきれいに背筋がスッと伸びた姿勢で歩いている人を見かけると、キレイです!
非常に若々しくはつらつと感じます。
多分ああいう人って腰痛とかとは無縁なんでしょうね。

じゃあ何故、この靴を履くとマサイのように姿勢良く歩けるのか?
あくまで私の言葉での説明になりますが、とにかく形状からも想像できるようにこの靴を履くと前後に極めて不安定になります。
不安定な状態で体は自然にバランスをとろうとします。バランスをとろうとすることによって、それまで前傾気味だった姿勢が、自然に一番理想的な背筋がのび、耳--肩--股関節--くるぶしが一直線になった姿勢になる感じなのです。
またそうすることによって、同時に体を正しい姿勢に保つために必要な筋肉(普段あまり使われていない体の中心的な筋肉)が無意識のうちに鍛えられていくというわけです。

これまで約一ヶ月半程履いてみたわけですが、その感想。
はっきり言って、この靴を履くことで歩くことが楽しみになりました。
(いまはちょっと他の靴では歩きたくありません。)
背筋を伸ばしたように歩くことがこれまでのようにしんどくなく、逆に気持ちよく感じられます。

減量のために少しでも歩きたいけど腰痛が心配・・と思っていた私にはまさに渡りに船だったわけです。
その辺の具体的な体験談を、この後も使いながら折に触れレポートしていきたいと思います。
あ、もちろんこの靴が売れようが売れまいが私にはなんの関係もないことなので、ありのまま書くつもりです。(笑)
私のような椎間板ヘルニア持ちの中年オヤジが、このへんてこりんな靴でどれほど変化できるものなのか、ささやかな実験データになれば幸いです。^^


2006年12月21日

悩みのタネ

ブログを書き始めてから一ヶ月経過・・・実は悩んでいることが一つあります。
悩みというような大層なことでもないのですが、
心の中にどうしても残っているもやもやが・・・

それは私と芋焼酎との初めての出会いにさかのぼります。
数年前のことです。
当社の仕入先である某社の社長、Iさんの訪問を受けました。
Iさんの会社は大阪本社の上場企業で、そうお会いできる人ではありませんでした。
(Iさんは、今はすでに社長職を勇退されておられます。)

お帰りの際に会社の玄関までお見送りしたときのこと、
そのIさんが、待たせていた黒塗りの車の運転手さんに、
「おい、アレを出しなさい」と一言。

何が出てくるのかな?と思っていたら、
運転手さんがトランクからおもむろに出してきたのは、古新聞紙にグルグルに包んだ一本の焼酎の瓶だったのです。
「これが、うまいんや! 一回飲んでみてえなぁ・・」
とIさんから手渡された瓶が、私が口にすることになった最初の芋焼酎でした。

何でも、Iさんが特別に地方の酒屋さんから取り寄せているとのことでした。
私は、黒塗り車のトランクから出てきたのが包装紙に包まれた箱入りではなくて、
古新聞に包まれた裸瓶というのがなんとなく嬉しかったのですが、
それが似合うのもまた焼酎ならではかも知れません。

しかしながら、初めて芋を飲んでみた最初の感想は
「あ、これはダメ!・・」でした。
私だけではなく、大方の普通の感覚の人は、
初めて飲んだ芋をすんなり受け入れられないのではないでしょうか?
きっと芋焼酎の中でもクセの強い部類だったのでしょう。
確か、その一本を空けるのに数ヶ月かけた記憶があります。

後日、そのIさんに感想を聞かれた時、
お礼を言いながらも「僕はやっぱり麦ですわ~」と答える私に対し、
それでも「いや、行き着くところは芋やで!」と自信たっぷりな様子でした。

ところが不思議なもので、後日だんだんその芋のクセが気になるようになって、
機会あるごとにチビリチビリ口にするようになり、
そのうちこんどはそれでなくては物足りなくなるのです。
「行き着くところは芋やで!」
いつの間にか、あの時のIさんと同じセリフを他人に言っている自分がいます。

ところで、冒頭の私の悩みとは一体なんなのか?・・と申しますと、
あの時Iさんが私にくれた芋焼酎の銘柄が思い出せないのです!
思い出せないというよりも、
その時は“芋”自体に興味がなかったので、覚える気もなかったのです。

あれだけ当時の私の味覚を拒否した芋焼酎。
もし、今それと同じのを飲んだら、私はどんな風な味わいに感じるのだろうか?
芋の味のわかった今の自分なら、まったく違って感じるはず。

もう一度、その芋焼酎を手に入れて口にしてみたい・・

でもくやしいことに銘柄がわからない・・

ふと思いました。
「探偵ナイトスクープ」に依頼してみようか・・。
でもよく考えたら、私がIさん(今は社長を引退されているが、連絡ぐらいはとれるはず)に電話して聞けばわかることです。

でも、どうしても気が引けるのです。
だって、わざわざ電話してIさんに聞くということは
「もう一度アレください!」というのに等しいでしょう?

遠慮深い私の悩みでございました。



Posted by 芋焼酎 at 20:54 Comments( 5 ) TrackBack( 0 ) 焼酎

2006年12月20日

燃えよ脂肪

前回のルームランナーで歩く話の続きになります。

いま実際に私がやっている手順を書きます。
まず、軽くアキレス腱を伸ばすストレッチをしたあと、
見たいテレビ番組に合わせて歩くのをスタートします。
もちろん汗拭きのタオルとペットボトルの水は手の届くところに用意。
おっと、テレビのリモコンも忘れないように・・
なんせ動き出したら、途中で降りるのは一苦労です。
(今まで何回かこれで失敗しました。)

それからベルトが回る音と私の体重から来る足音が結構うるさいので、
テレビのボリュームもそこそこ上げなければ聞こえないことになります。
家族の理解と協力も必要です。(^^;

有酸素運動に共通したことですが、ちょっとしたコツがあります。
あまり難しい公式などは書きませんが、
私の年齢・体力の場合で心拍数110~120ぐらいが一番脂肪が燃えやすい計算になります。
これ以上ハードでは無酸素運動になり、しんどい割にはかえって脂肪が燃えにくいらしいです。
あくまでこの心拍数110~120がターゲットゾーン。
ただし、せっかちになって一挙にここまで心拍数をあげるのはダメです。

私の場合、最初は時速4kmからスタートして、
15分ぐらいかけて少しずつ速度を上げながら6km前後までもっていきます。
最初はじれったいぐらいに抑え目な速さでがまんします。
徐々に体の隅々の抹消血管が拡張し、血液が行き渡るようになっていくのと平行して
心拍数を上げていく感じです。

15分ぐらい経って目標の6kmに達したら、そのスピードで20分程度継続します。
体調にもよりますが、心拍数は大体ターゲットの110台になっています。
このぐらいなら家族に話しかけられても、なんとか会話もできるレベルです。
上手にスピードを上げてきた時ほど、同じ心拍数でも楽な感じで歩けます。

有酸素運動では開始20分過ぎ頃から本格的に脂肪が燃え始めると言われています。
つまりここからが佳境なのです。
ダイエットでは稼ぎ時の時間です。


そこで、もう一つのコツですが、
私は歩きながら、「いま体脂肪が燃えている、燃えている!」
とイメージするようにしています。
そうすることでヘタリかけた足取りがまた軽やかになります。(笑)

徐々にシャツに汗がしみこんでくる。・・・脂肪が燃えている証拠、いい感じです。
そうそう、水分補給は早めに!
夏は結構早くドボドボになりますが、最近はせいぜい汗がにじむ程度です。

そして終わる時は、最初とは逆に徐々にスピードを落としていきます。
急にやめず、徐々に心拍数を落としていくことで疲労物質を貯めこまない効果があるそうです。

以上でトータル40~50分ぐらいの快適な有酸素運動ができたことになります。
心拍数は横軸時間でグラフにすると、きれいな台形のようになります。
疲れも適度で爽快感が残る、今の私にちょうどいい運動量です。
あまり無理しないで、もうちょっとできるけど・・というところでやめるほうがいいです。
そのぐらいが疲れず、また次もやろうという気がするからです。

消費カロリーはルームランナーの表示では200kcal前後。
この数字を食べ物に換算するとガックリするのであえてしませんが、
それでも継続することで大きな違いになることは確かです。

ところで今夜は飲み会なので、休養日。
忘年会ではありません。今日は通常の飲み会です。(笑)
どうも筋肉の休養日は肝臓ががんばる日みたいです。
本当は亀田のボクシングを見ながら歩きたかったんだけど・・

結局は飲み会のために歩いているのかも知れません。^^;



2006年12月18日

家の中で歩く

先週までの忘年会ラッシュで体内に貯まったカロリーは、
体に脂肪として沈着する前に早めに消費しておかなくては・・

ということで昨日は有酸素運動で汗を流しました。

椎間板ヘルニア持ちだから、ジョギングなどの激しい運動はできないし、
水泳は好きだけど、なかなかプールに行く時間がとれない。

ということで、行き着くところ最近良くやってるのは“歩く”ということです。
それも「さぁ出かけるぞ!」というような歩き方は今の私の日常ではなかなかできません。
結局、おもに歩いているのは家の中。
といっても家の中をグルグル歩き回って運動になるほど広い家ではありません。
どうやって家で歩くのか?・・と申しますと
実はウチのリビングにはドカーンとこんなのが居座っているのです。



テレビゲームです・・・いえ、ウソです。
写真は操作パネル部分だけなので、これを見ただけでは一体何なのか
おわかりいただきにくいかもしれません。
ジムに行くと必ず並んでいるルームランナー(ウォーキングマシンとか、あるいはトレッドミルとかとも呼ばれてる)です。
数年前にネットから購入したもので値段は忘れてしまいましたが、
確か5万円前後で、図体の割には安かったと思います。
これでいて、最高時速12km/hのスピードまで出せるし、
傾斜も手動ではありますが三段階変更可能。
ジムにあるやつほど、歩くベルト面が広くないのが残念ですが、
これ以上デカイと家がさらに狭くなるので妥協すべきところです。

最初購入を決意した時は、何しろ“安物”ですので、
多分すぐにぶっ壊れるだろうと思っていました。
ぶっ壊れると思っていながら何故買ってしまったのか?
壊れるよりも先に、どうせ私の方が早く飽きてしまうだろうという確信があったからです。
過去にわが家で粗大ゴミと化した健康器具は数え上げればキリがありません。
万が一、壊れるまで使い続けたならそれはそれで元が取れたことになるし・・。

ところが・・・その機械が予想に反していまだに現役でがんばっていてくれているのです。
今回のダイエットでも週2~3回の頻度で、私の有酸素運動のメインを担ってくれております。
私がこれを気に入っているところはなにか? 
一言で言うなれば、
“「報道ステーション」を見ながら歩ける”・・ということでした。
この時間帯、家に居ればどうせボヤッとテレビを見ている私。
その時間を利用してテレビを見ながら歩くんです。
もちろん、番組が報道ステーションである必要はありません。
ただ単に放送時間が私の運動可能時間帯と合う確率が高いだけのことです。
休日の昼間、駅伝やマラソンを見ながらならやればなおいいです。
選手とハアハア、ゼイゼイを共有できるのでさらにがんばれます。(笑)

もちろんできれば外の空気を吸って、外の景色を眺めながら歩くのがベスト。
私も可能な限り外を歩く機会を増やしています。
あくまでこれは今の生活の中で歩く時間を捻出するための道具です。

外を歩くより味気ないこの機械の上で歩くことのもう一つの大きなメリットをあげるとすれば
暑い日も寒い日も家の中の温度で歩けることです。
真夏の炎天下を歩いて倒れそうになる心配も、冬空の夜に外に出る勇気も必要ありません。
あと、スピードが調整でき、距離や消費カロリーが常にパネルに表示されることで励みにもなります。

「私でも続けられた運動」(12/10)でも書きましたが、
運動を継続するためのコツの中の
・日常生活の中で、したい時にパッと始められるような運動にする
・楽しみながら運動できるようにする

というところを満たしてくれているわけです。

もういつ壊れても元はとれたと思いますが、まだまだ壊れて欲しくない機械です。
さぁ、今夜も歩くぞぉ~


2006年12月17日

我が家での晩酌

2週間で6回という忘年会ラッシュも先週末で一応ひと段落。
終盤は平均睡眠時間4時間でなんとか持たせました。

さすがに最後の金曜日の夜は、大阪駅を最終電車に飛び乗り
座席に座ったとたんにコックリ、コックリ・・・
ドアにカバンを挟まれなかった安心感(これは以前の記事を読んでいただいた方しかわからないことですが)からか、いつの間にか熟睡状態に。
車掌さんに起こされた時は3駅乗り越しの終点「野洲」でした。
結局、大阪から草津までのJR代(1,110円)の3倍以上のタクシー代を払って帰宅。

あっ、いいこともありました。
初めて歌った五木ひろしの「山河」の採点で90点が出たこと。(笑)
でも翌朝会社まで送ってもらう車の中で、家内にその話を自慢気にすると、
「昨日の晩、アンタ酔っぱらって帰ってきた時に、もうその話聞かされたけど・・」
ギョッ、前夜しゃべったことが記憶にない!?

そんなちょっと危険な一週間もなんとか終わり、昨日の土曜の夜は家でゆっくり晩酌。
外で仲間とわいわい飲むのも楽しいけれど、やっぱり家はいいです。
なんといっても最近何かが起こる帰宅時の心配がない。

家で飲むのはもちろん芋焼酎。
うちの食卓には現在5本の芋焼酎の瓶が並んでいます。
この中からその時の気分や料理によって選びます。
これという一本にこだわる人からすれば、邪道な飲み方かも知れませんが
それぞれの個性を楽しみながら飲むのが好きなんです。



うまく言えませんが、芋独特のクセの“やって来かた”がそれぞれで違います。
最初からドーンと来るタイプ、やや遅れてじわっと来るタイプ。
それもコクたっぷりなのと、あくまで控えめにエレガントなものと。
一杯目、二杯目、三杯目・・それぞれ変えてみて違いを楽しむのもいいです。
こんなわがままは家でしかできないことですから。

どれがうまくてどれがダメということはありません。
ただ無意識のうちに、早く減る瓶とわりと長持ちする瓶があります。
強いて言えば早く減る瓶がお気に入りということになるのかも知れません。
空になったら次の瓶と入れ替わるわけですが、
黒一刻”のようにレギュラーポジションを確保したものあれば、
新顔に交代するものもあります。

昨日のメインは最近に酒屋さんの店頭で“入荷したての季節限定”という謳い文句に惹かれて買った「銀滴(復刻版)」。
別に季節限定だからうまいというわけでもないんでしょうが、
割と単純な私はすぐこういう言葉に引かれてしまいます。

それで、“季節限定”の味わいはどうだったか?
あえて私がヘタな批評を書くことは遠慮しますが、
最近お湯割りが多かったのに、こいつは思わずロックで三杯いきました!



Posted by 芋焼酎 at 15:24 Comments( 4 ) TrackBack( 0 ) 焼酎

2006年12月16日

椎間板ヘルニア、その後

前回の椎間板ヘルニア事件の続きです。

結局、整形外科での治療法としては、手術をしない限りは
ただ医院に通って電気治療と牽引をするぐらいしかありませんでした。
足に麻痺感は残っているけれど、別に普通の日常生活には不自由しなくなったので、
あえて何日も仕事を休んでまで、そして本音を言えばちょっとコワい思いをしてまで手術を受けようとは思いませんでした。
(今は日帰りのレーザー手術もあるそうですが・・・あらためて良く調べてみると50歳以上は非適応だとか!? そんなぁ~!)
そんなわけで、しばらくはその整形外科に電気治療と牽引に通いましたが、
これという手応えも感じられず、しばらく通院した後それもやめてしまいました。

腰痛などの場合、まず最初に整形外科を受診することは正しい判断だと思います。
なぜかというとレントゲンやMRIなどの画像の見える検査で
きちんとした診断をつけてもらわなければいけないからです。

数年前、かなり高齢になっていた私の父が
アキレス腱の辺りが痛いと言って、ある接骨医さんに通っていました。
ところが長い間かかっても痛みはひどくなるばかりだったので、たまらず整形外科病院を受診して検査してもらったら、なんとアキレス腱が断裂していたんです。
さっそく入院手術して無事完治となりました。
おそらく我慢強くて強がりを言うタイプの父ですので、痛くてもたいしたことないような表現をしていたためにその接骨医さんも気が付かなかったんだと思いますが、こういうところにレントゲンを取らない民間療法だけに頼ってしまうことの危険があります。

ただ、きちんとした診断がついた後の治療となるとまた話は別です。
私の経験から言わせていただけば、整形外科では緊急の痛み止めの注射などが終わると、その後の治療って、はっきり言ってこれといったものはないんですよねぇー。
ほとんど医師との面談もなく、ただ通院して受ける電気や牽引治療をお医者さんの“診療点数稼ぎ”と言ってしまえば叱られますが、
仕事を持っている人があえて通い続けるだけの効果が期待できるとは思えなかったんです。
コミュニケーションを楽しみに来られるお年寄りには、いいところかもしれませんが・・。

振り返ってみて、“何故自分が腰を悪くしまったのか?”を考えてみました。
それはあくまで自分の生活習慣の中で起こったことです。
ですから、結局は自分で原因となった生活習慣そのものを変えていくことが一番大事ではないかと思っています。

前回登場いただいた整体師さん、会社の近所の接骨医さん、たまたま知り合ったカイロプラクティックの先生、その他いろんな方のアドバイスを総合して判りました。
私の場合、一番原因となっていた生活習慣は姿勢の悪さでした。
レントゲンで背骨がきれいなカーブをしていなかったのもまさにその結果です。
基本的に猫背です。そこへもってきて腹にウェイトがあります。
ますます姿勢が悪くなります。

そういえば子供の頃、親から良く姿勢を注意されてたなぁ・・
あの時に直す癖をつけておけば良かった・・とこの年になって後悔です。
仕事はデスクワーク中心で、重いものを持つことが少ないのは助かるのですが、
結構座ったままという姿勢も腰には負担がかかるのだそうです。
パソコンに向かう時間が長かったり、長時間の会議とか・・。
そういえばずっと同じ姿勢をとり続けてたよなぁ~。

それ以来、どんな時も姿勢には気をつけるように意識しています。
椅子に座っている時もなるべく深く腰をかけて背筋を伸ばすように。
キーボードを打つのに夢中になっていて、ついつい忘れている時も、
「あっマズイ!」と思った時にすっと背筋を伸ばす。
車の運転などは、極端にシートを前に出して背中も立て膝をしっかり曲げる。
会社の車なので、たまに他の社員が私の車を運転する時は、
思いっきりシートを下げられます。助手席の私は
「あ、足が短いんじゃなくて、腰が悪いから前に出してるねん」と必ず言い訳。

もちろん、荷物を持ち上げる時はしっかり膝を曲げてしゃがんでから
さらに腹筋にぎゅーと力を込めてから持ち上げる。
朝、洗面所で顔を洗う時だって膝を曲げながら前かがみになる。
ぶさいくな格好だけど、これも腰を守るため。

あとは昨日書いたように月一回の整体通院。
これで知らず知らずの間におこっている体の偏りを修正して筋肉の血行を良くしてもらいます。

そしてもう一つの大事なこと、それが体重を減らすことです。
例えば悪い姿勢をとって腰椎に負荷がかかったとします。
体重が数キロ重いだけで腰椎にかかる負荷は、
テコの原理でその何倍にも変わってくるとのことです。
なにもメタボリック症候群から逃れるだけが目的ではありません。
私にとってダイエットが人生の課題となったのは、こんな理由もあったのでございます。

ところで今日の記事、
書いていながら最近ついつい注意を怠りがちな自分のためになりました。(笑)


Posted by 芋焼酎 at 12:43 Comments( 3 ) TrackBack( 1 ) 健康

2006年12月15日

椎間板ヘルニア

前回のブログで椎間板ヘルニアの持病があることに触れたので
そのついでに発症の時のことを思い起こして書かせていただきます。
思い出すのも恐ろしい恐怖の数日間でしたが、ここであらためて書いておくのは
再発防止のための自分への注意喚起でもあります。
もし、腰に不安のある人は多少でも参考にしていただければ幸いです。

2年半ほど前のことです。
もともと腰痛持ちだった私は、それまでなんとか“ガラスの腰”をごまかしながら過ごしてきましたが、ついにその時がやってしまいました。
疲労が蓄積していた上に、長時間の会議などが続いていた時です。
腰痛はかなりきていましたが休めなかったのです。
今思えば、あれが私の椎間板が限界に耐え切れなくて悲鳴を上げた瞬間だったのでしょう。
右腰から右足全体にビーンと違和感を感じたと思ったら、
そのまままったく立てなくなったのです。
一晩、痛みでうなされた後、今度は痛いのを通り越して右足全体が完全な麻痺状態になりました。
とにかく感覚がないんです。
やばい!  これは通常の腰痛ではない・・事の重大さを直感しました。
すぐさま、某整形外科を受診しました。

レントゲン撮影が終わって、私の背骨の画像を見つめる医師。
背骨のレントゲン写真って缶詰のような形の頚椎、腰椎が上から下まで
きれいにならんでなめらかなカーブを描いていますよね。
普通の人の場合は・・・。

ところが、私の背骨はその缶詰があっちむいたりこっちむいたり・・。
中には踏んづけられたような缶詰もあります。
めずらしいものでも見るような表情で、年配の医師は目を見開いてそれを見ていました。

医師「わぁ~、これはひどいなぁ!」
私「・・・・・。」

こっちは足が動かなくて不安なのです。
驚くにしても、もうちょっと医学的な表現ができないものでしょうか。

その後、ベッドに横たわる私の足を触って感覚を調べながら眉をしかめる医師に対して
益々不安になってきた私は、一番聞きたいことを尋ねました。

私「ほんで治るんですか?」

医師「治らないと困りますねぇ・・・」

質問の回答になってないではないか。

結局、その日は腰椎にズブッと太い注射を打たれて帰宅。
そのまま何日間もまともに歩けない状態でした。
病欠したことの無かった会社もその日は欠席。
数日後に予定していたゴルフもキャンセル。
このまま足の感覚は戻らないのだろうか・・言い知れぬ不安がつのる毎日。

それから何日か経過して、幸いなことに、
少しずつ、本当に少しずつ (まさに1mmずつという感じで)
曲がらなかった足首が曲がるようになっていきました。
感覚も戻ってきたのです。

車の運転をする時も、長い間ブレーキは左足でした。
右足がアクセルとブレーキのペダルを往ききできるようになるまで
数ヶ月かかりました。

リハビリを兼ねて水泳もやりました。
かつては50m45秒で泳げた平泳ぎが、リハビリ開始直後は1分10秒かかりました。
足首が曲がらないのは平泳ぎにとって致命的だったんです。
何ヶ月かかかって、ようやく1分を切れるようにまではなりました。

現在は歩くにはほとんど不自由しません。ただし、まだ軽い痺れは残っています。
歩いていても右足はつま先の上がり方が悪いために、
ちょっとした段差でつまづくこともあります。
会社の中で一番バリアフリーが必要なのは私です。^^;
ジョギングなどの激しい運動もできません。
あの日を境に玄関の置物と化してしまったゴルフバッグをいつも恨めしく眺める毎日です。

つくづく思いました。本当に腰って大事ですよねぇ。
二本足歩行の動物である人間の最大のウィークポイントだったのです。
いま思えば“痛い”というのはまだありがたい危険信号です。
その痛いという感覚すらなくなると、それは本当に恐いことです。
腰痛に限ったことではないですが、痛いという体の発する信号を無視してはいけません。
たけしの番組ではないですが、「大変なことになりますよ~」。

次回はこれに懲りた私の、その後の腰痛メンテナンスについて書きます。


Posted by 芋焼酎 at 01:17 Comments( 6 ) TrackBack( 0 ) 健康

2006年12月13日

整体の日

内緒で書いているこのブログですが、
今のところ家族以外で知らせた友人が二人だけいます。
そのうちの一人が私のかかりつけの整体師の山田君。
実は椎間板ヘルニアの持病を持っている私は、
月に一度彼の整体院を受診することにしています。
なぜ彼にはこのブログを知らせたかというと
テーマの一つである健康のことを書いていく上で彼の登場は避けられないと思ったからです。

昨日は月に一度のその整体院へ行く日でした。
他の患者さんが彼のことを先生と呼ぶのを耳にすると、
いまだに違和感を感じるぐらいに私は彼が整体師になる以前からの友人。
しかも私より一回り若いので、今でも“山田君”と呼ばせてもらっています。

実は彼は武豊騎手の専属トレーナーなのです。
私は全く競馬をやらない人間なので詳しいことはわかりませんが、
数日前の島田紳助のテレビで武騎手が出演しているのを見てたまたま知ったことがあります。
競馬の騎手ってレース前の金曜日の夜から日曜日まで、
情報漏洩防止のために調整ルームというところに完全隔離されてしまうんですね。
山田君はなんとその調整ルームに出入りできることのできる人間なのです。
だからレースの情報については口は堅いです。
もっとも馬券を買わない私には関係がありませんが・・

日本中が注目するディープインパクトのレース前は
武騎手の整体をしていても、自分まで緊張したとのこと。
そうですよねぇ。競馬をやらない私でもディープのレースぐらいは見ますから・・。
さすがにパリの凱旋門まではついていかなかったそうなので、
ディープの敗因は恐らくそれだったのでしょう。
あ、これは彼と私との間の勝手な冗談です(笑)

彼の整体院“山田プロスポーツ整体”は私の会社から近いので、
昼休み時間を利用できるように予約を入れておきます。
予約時間に行くと、「どうぞ」と言われて、整体ベッドに横たわります。
うつ伏せになり手をだらんとさせと力を抜く。
トドの昼寝状態になった私を彼は背中から順にほぐして行ってくれます。
なんせ人一倍余分な肉がついているので、彼も余分な力が必要になります。
でも追加料金はありません。
最近はちょっと細くなったので、彼も多少は楽になったはず。

背中、腰、太ももと徐々に大きい筋肉からほぐされていく・・
体に疲れが貯まっている時ほど気持ちのいい瞬間です。
「今日は○○の筋肉がちょっと硬いですね・・」という具合に
私の異常を敏感にキャッチしながらそのバランスを修正していってくれます。
彼の性格上、まったく偉そぶったところがないので、
気楽に会話できるのもリラクゼーション効果になっています。

マッサージをすすめながら、「今日も宴会ですか?」と尋ねる彼。
彼は私のブログを読んでいてくれるので、どのぐらいのペースで私が飲みに行ってるか筒抜けなのです。
競馬情報は極秘でも、こちら側は完全情報公開です。
「うん、今夜もお得意先の忘年会!」・・・と私。
まるで宴会の体調を整えるためにここに来たみたいです。
レース前の武騎手とまったく緊迫感が違います。(笑)

やがてゴロンとうつ伏せから仰向けになって、話題はブログのことに。

「山田君も整体日誌とかの形で健康アドバイスを書いたらいいのに・・。きっと読む人にとって役にたつよ」・・・とすすめる私。

彼も興味はありそうでしたが、何しろ一日中手を酷使しているので、わずかな休憩時間までキーボードを打てるかどうか?ということが問題らしい。

「でも、ブログを書くことは、自分の歩みを残していけることになるよね」と彼。
さすがにいいところをわかっている。
「そうそう、自分の考えや知識を整理できて、カテゴリーで整理すれば自分データベースもできる。自分にとってもすごくプラスになるで!」
まだ一ヶ月も書いていないくせにペラペラとエラそうに言う私。

そういえば、私が初めて出会った頃の彼はまったくの素人の会社員でした。
そんな彼がフィットネスクラブのトレーナーから始めて、
お客さんの指導をしながら、勉強して次々に難しい資格をとっていった努力家であることを私は良く知っています。まさに一歩一歩積み上げてきた“歩み”の人生です。
素人から努力してきた人だけに、患者の苦痛の立場にたって話を聞いてくれるところがまたいいです。
まったく宣伝をしないのに口コミ紹介だけで患者さんの予約が埋まっていくのもそんな気安さなんでしょうね。腰痛、肩こり等でお悩みの方、よろしければどうぞ。
あ、馬券情報は聞けませんから・・(笑)


Posted by 芋焼酎 at 20:36 Comments( 2 ) TrackBack( 0 ) 交友

2006年12月12日

トールソイラテ

このタイトルを読んで何のことかわかる人は、きっと私と嗜好の似た方です。

コーヒー好きの私は朝の会社に入る前に、ちょくちょくスターバックスに立ち寄ります。
草津近辺の方は御存知でしょうが、国道1号線沿いにある比較的最近出来た店です。
同じ敷地内に、私が良く芋焼酎を物色するリカーショップSAKIMURAもあります。

ここのスターバックスの開店時間は午前7時なのですが、
通勤時間の関係で私はその5,6分前にドライブスルーに車を突っ込みます。
厳密に言えば完全なフライングです。店員さんからすれば困った客に違いありません。
それでもありがたいことに、
「営業時間は7時からですので・・」なんてマニュアル的なことは言いません。
スピーカーから出てくる店員さんの声はちゃんと元気よく私の注文を聞いてくれるのです。

私が最近オーダーするのは決まってラテのトールサイズ。
普段仕事中に飲むコーヒーはもっぱらブラックですが、ここでは必ずラテにします。
朝食を食べない(本当はダイエットにおいても良くないのですが)私にとって、
朝一番のラテは腹持ちがいいのです。
あと、ラテのミルクを豆乳にしてもらいます。
ここらへんがダイエット中のちょっとした気遣いです。(笑)
もともと豆乳は嫌いではない上に、スターバックスの豆乳ラテはなんとなく特有の甘みがあり個人的には気に入ってます。豆乳は英語ではソイミルク。
ということで、店員さんは私のオーダーをタイトルの通り「トールソイラテ!」と復唱するわけです。
グランデラテとかトールラテとか、なぜかサイズを先に言うのもこの店の特徴ですよね。

オーダーが済むと車を先に進め、品物が作られている間に窓口で先に支払いを済ませるわけですが、この時私はスターバックスカードを使います。
残金が無くなればチャージして繰り返し使えるやつです。
現在使用しているカードはずいぶん前に家内からプレゼントしてもらったものですが、
何故かデザインには達磨が描かれています。

ちょっと前のある日の朝でした。支払い時にいつものように達磨のカードを出すと、
店員の若い男の子が、「わぁ、このカード! 懐かしいですねぇ・・」と
感慨深げに声をかけてくれました。
私はそんなこと意識したこともなかったのですが、
彼が言うにはそのカードがちょっとしたレア物だとのことでした。
(事実はわかりませんが・・)

「いつごろからスターバックスを飲まれるになったんですか?」
「他府県でも、よく立ち寄られるんですか?」
「海外の店なんか入られたことはありますか?」
イキイキした表情で私に次々に問いかける彼は、お客の相手をする店員さんと言うより、
むしろ自分も同じスタバファンといわんばかりで楽しそうでした。
結局、尋ねられるままに彼と話をはずませているうちに、
フライングオヤジのソイラテは開店時間の7時ちょうどに出来上がったのです。

私の会社でも異業種ですが店舗をやっていますので、
よそのお店に入った際のスタッフの対応は良くも悪くも常に気になります。
多分アルバイトさんだと思いますが、この男の子の私への対応は
おそらくスターバックスのマニュアルにはなかったことでしょう。

“マニュアル”も大切ですが、マニュアルをさらに一歩超えたところにお客の心を捉える本当のサービスがあるように思います。おかげで私は、ちょっぴり気分良く朝の職場に向かうことができました。




Posted by 芋焼酎 at 07:28 Comments( 4 ) TrackBack( 0 ) 仕事?

2006年12月10日

私でも続けられた運動

“酒”と“ダイエット”を高い次元で両立させ(笑)、人生を健康的かつ愉しく充実したものにしたい・・!
そんな一見ものものしくも実は極めて率直なテーマのもとに書き始めたこのブログですが、気がつけば時節柄ということもあって話題はもっぱら前者の方に偏りがち。
今日は日曜日ということもあって、ここらで初めて運動のことを書いてみたいと思います。
ちなみに私のこれまでの約10kgの減量のうち、自分の感覚ではちょうど半分ぐらいが運動の成果ではなかったかと推測しております。

基本的に“減量に効く”運動としては、大きく二種類に分けられると思います。
ひとつは筋力トレーニング、そしてもうひとつが有酸素運動で、それぞれ減量に果たす役割が異なります。
詳しく御存知の方もおられるでしょうが、今後私のブログの記事を増やしていく上でのベースになりますので一応自分なりに整理しておきたいと思います。
(以下、定義などはあくまで私個人の解釈ですので、ご了解を・・)

まず筋力トレーニングについて・・・
筋力トレーニングというと、ボディービルのように筋肉をモコモコつけるイメージがあるせいか、体重を落としたいと思う人の中には敬遠してしまう傾向もあるようです。実は私も以前まで「減量なら筋トレよりも有酸素運動」と思っていました。
でも実は筋トレは減量にも極めて重要です。なぜかと言うと、筋トレで筋肉にメリハリと刺激を与えることで基礎代謝の高い体にすることができるからです。基礎代謝というのは、その人の体が自然に必要とするエネルギーで、極端に言えば息をしているだけで消費するカロリーのことです。基礎代謝を高くしておけば同じ生活をしていてもたくさんのカロリーを消費するので痩せやすくなるわけです。つまり“寝ているあいだでさえ今までよりカロリーを消費できる”と理解すれば、おそらく誰でもやりたくなるはずです。
しかも筋トレは、一日のほんのわずかな時間やっておくだけでも、十分な違いが出てきます。意外におトクな運動だったりします。

そしてもう一つの有酸素運動・・・
言わずとしれた脂肪燃焼運動の代名詞です。これは“輝く50代をめざして”の管理人様からも、かねてから「お題」を頂戴しておりましたので、今日はほんのさわりだけですが書かせていただきますね。
有酸素運動は読んで字のごとく、体に酸素を持続的に取り入れながら行うもので、水泳やジョギング、ウォーキングなど比較的緩やかでいてある程度の時間続けるタイプの運動です。心拍数を低すぎず高すぎず、ある一定範囲にコントロールすることで脂肪燃焼効果がグンと高まると言われています。だから「脂肪を落としたかったら、とにかく有酸素運動!」と言われてきたわけです。ただ運動の性格上、行なう際はある程度の時間(通常20分を過ぎてから脂肪が燃焼しやすくなってくるらしいです)が必要になります。

実は今回の私の減量ではこの両タイプの運動を取り入れてやってきました。当然相乗効果狙いです。つまり筋トレで基礎代謝をあげておいて、カロリーを消費しやすくなった体で有酸素運動をするわけです。基礎代謝と有酸素運動の量は掛け算のように解釈しています。
通常、週に4~5日ぐらいのペースで、少なくともどちらかの運動は行っていますが、2種類の運動を組み合わせることのもう一つの利点は、その日の時間の余裕、体調、気分などでやりたい方を選べるということです。
「今日は体調いいから長めに歩いてみよう」とか、「今日は時間がないので5分だけ筋トレしとこう」という具合です。

減量を始めたのが7月の末ですから、間もなく5ヶ月になろうとしているのに続いています。これは今までの私の人生でなかった快挙です。過去にも何度か水泳やジョギングにチャレンジしました。3日坊主とは言いませんが、3週間がいいとこでした。そんな私が5ヶ月も続けています。 開始した時の家内の予想を完全に裏切って・・
今日ブログに書いたことで、さらにやめられなくなったのは間違いなしです(笑)。
ではなぜ3週間坊主の私がこれだけ続けてこれたのか?
これまで何度も経験したリバウンド歴を振り返りながら、今の自分の生活でも継続できるような運動を工夫したに過ぎません。それを以下に列挙します。

・日常生活の中で、したい時にパッと始められるような運動にする
(つまり場所、時間などの制約が少ないこと。多少忙しくても、また不規則な生活をしていてもちょっとした時間でできること。)
・運動量がハードになり過ぎないようにする
(早い効果を期待するあまり、ついついハードにしたくなります。最初はがんばりますが、そのうち仕事で疲れている日などをきっかけに遠ざかってしまいます。)
・楽しみながら運動できるようにする
(基本的に運動はしんどいものです。ちょっとした道具類を上手に活用することで楽しみながらできるようになります。)

例によって私のブログは、ついつい一回の文章量が長くなってしまうのが悩みです。
そんなわけで具体的な運動例は次の機会にご紹介します!


2006年12月09日

滋賀特有の宴会作法?

昨日の忘年会は(あ、またこんな話ですみません^^;)地元の同業仲間の会。
私の交際範囲でも、最も品性の無い人間の集まりです。(笑)
・・と言っても気心の知れた、気さくな人ばかりなので、
ついつい大騒ぎして飲み過ぎてしまう会でもあります。

こういう地元仲間と飲む宴会で必ず行われるのが、
飲んでいる盃を他の人に次々に渡していくこと。
つまり自分の盃を飲み干したら、飲ませたい相手にその盃をすっと差し出し、それに酒を注いで飲ませる。
注がれた相手は、それを飲み干してから盃の持ち主に返杯しなくてはいけない。
こういったやりとりが繰り返されるわけです。
盃を返すまで相手は自分の盃が無いままになってしまうので、とっとと飲んでしまわないといけません。
必然的にペースはどんどん上がっていきます。

徐々に盛り上がってくると、もう自分は座ったままで仲居さんに盃の配達をお願いするという横着な行為に発展します。

「はい、この盃を向こうから何番目のあの人に・・!」

頼まれた仲居さんはその方のところへ行き、
盃を渡しながら「これは○○さんからです」と言って酒を注ぐ。
持って来られた人が思わず○○さんの方を見ると、にっこり笑いながらかるく手を振って
「飲んでや!」と言わんばかりに合図している。
こんな感じです。

当然、宴会が進むにしたがって、盃が宴席を飛び交うスピードは増していきます。
もちろん、私のところにも次々やってくるので、ちょっと話に気をとられていたりするといつのまにか自分の目前に盃が3つも4つもたまっていたりします。


(写真はそんな一コマ)
このあとは、次々とこれらの盃を空けて、まるで手裏剣でも飛ばすようにそれぞれの持ち主に送り返す根性が必要とされるわけです。
どれが、誰の盃だったかわからなくなってしまうこともしばしばですが、そんなことに構ってられませんん。
ま、こんな飲み方をするのだから、酔わないはずがありませんよね。


ところで、宴会でのこのような酒の飲み方はどうも滋賀県特有の風習のようですね。
いろいろ他府県の方と飲む機会ある毎に尋ねてみましたが、
他の地方ではほとんど行われていないようでした。
恐らく一つの盃を相手と交換することで、その人との絆を強める意図があるのでしょうが、
何故滋賀県で行われるようになったのかはわかりません。

社会人になって間もない頃、この宴会の風習を目の当たりにした私は率直な疑問を持ちました。
はて、自分の口をつけた盃を自分から目上の人に差し出すことは失礼には当らないのだろうか?

最近になってからいろいろネットでも調べてみましたが、何分こういう風習自体よそではあまりおこなわれていないので、なかなか決め手になるような情報はキャッチできませんでした。
ただ、両方の解釈があることが判明しました。

1.目上の人間が、目下の人間に対し“俺の酒を飲ませてやろう”という意図があるので、盃の渡すのは上から下でなくてはいけない。
2.ものを差し出すのはまず目下のものからでなければいけないので、目下の人間からまず先に相手に自分の盃を差し出さなければならない。

結局のところ、これでは解決になりません。
どなたかこの辺の風習について御存知の方がおられたらお教えください。

では今の私はどうしているか?
ある方の作法から、そのヒントを学びました。
数年前にある取引先企業(当社がお客側にあたる)の方と会食させていただいた時のことです。
これからお近づきになって取引を始めましょうという重要な顔合わせの場でした。
その時に相手側の一番年配で役職の方が私の前に来られて、
私にお酒を注がれた後、「そのお流れを頂戴します」とおっしゃって、私の飲み干した盃を自分から受け取ろうとされたのです。
これには恐縮しました。
その方は本社から来られていたので他府県の方でしたが、おそらく滋賀の人間との会食に備えて滋賀の風習を研究されてきたのでしょう。
滋賀ではより親近感を強めるためには盃を交換するものである。
でも自分の盃を相手に与えるのは失礼になる恐れがある。
そんな時に、自分から「貴方の盃を頂戴してもよろしいですか?」と言うわけです。
それ以来、相手が目上の方の場合、私もこの作法をとらせてもらっています。

ではもし、私が目下の人から盃を渡されたらどうしているか?

あ、まったく気にせずに受けています。(笑)
その人はそれが礼儀だと思い、好意でされているわけですから。

どちらにしても、自分からあえて盃の応酬合戦をやろうとは思いませんが・・・


Posted by 芋焼酎 at 14:50 Comments( 3 ) TrackBack( 0 ) 雑感

2006年12月08日

息子と酒

親父から息子に伝達したいものの一つが「酒の飲み方」かも知れません。

実は今年の春に長男が大学に進学して一人暮らしを始めました。
高校を卒業したら、そろそろ一緒に飲めるかな?・・と思っていたのですが、
いきなりの一人暮らしなのでそれもかないません。
しかもよほど親から離れたかったとみえて(笑)、はるか離れた東北。
私の大好物である牛タンのうまい仙台です。(実はちょっとうらやましい・・)
親としても簡単に様子を見に行ったりできる距離ではありません。
送り出す時に、勉強のことよりもまず真っ先に注意したのは、
学生の新歓コンパなどで良く聞く急性アルコール中毒。

なんせ私の頃の部活(体育会系でした)では、
みんなの前で先輩からドンブリに並々と注がれた日本酒を一気飲みしてから自己紹介をさせられた時代でした。
さすがに問題化した近年では、上級生が無理やり飲ませるようなこともなくなっているようですね。(まっ、だいいち未成年ですからねぇ~)

向こうに行ったきり、めったに連絡をしてこない人間ですが、
何ヶ月かして落ち着いた頃、その息子から突然私の携帯にメールが入りました。

「おトウって、酒強いの?」

前も後ろもありません。何週間ぶりかの連絡がわずか10文字のメール。
ちなみに彼は私のことを、勝手に「お(父)トウ」と呼びます。

「人からはそう言われるけどな。なんでや?」と返信。

再び返ってきたメールが
「それでか。友達がみんな酔っぱらうんやけど、オイラだけ酔わないんや」
どうも誰かと飲んでいるうちに、自分が酒に強いことに気がついて遺伝を確かめたくなったようです。

私も学生時代に飲み始めた頃、自分がとんでもなく酒に強いと思った時期がありました。
ですから、そのうち彼が痛い目に会うだろうということもすぐに予感できました。
案の定その何週間後かの何かの飲み会で、前後不覚になり友達に担がれて帰ったとのこと。
若い頃になまじっか自分は強いと思うと、いくらでも飲めると錯覚してしまいます。
そしてそういう人に限ってある血中濃度に達したとたん、急に酔いが来ます。
酒は強さを競うんじゃなくて、楽しくゆっくり飲みながら、むしろ上手に酔うこと。
そのことも、入学前には教えてたんですけどね。
でも、若い頃はそういう経験を積みながら体で覚えていくしかないのかも知れません。
私なんか、いまだに懲りずに経験を積んでいる途上ですから(笑)。

その息子と久しぶりに電話でしゃべることができました。
「オゥ、最近は酒のんでるんか?」
いきなり、こんなことしか聞かない親父も親父です。
自分が忘年会続きなもので、ついつい人も同じだと思ってしまう。

すると「いや、今は禁酒令を出されてる。」と意外な息子の返事。
医者に叱られた肝機能に悩む中年でもあるまいし、
一体どういうこと?と理由を尋ねました。
実は彼は大学の混声合唱団に入っているのですが、
一年間で一番大事な定期演奏会が今週末にあるので、それに備えて声を整えるためだとのことでした。

「へぇ? シビアやなぁ。お父さんは飲んだ方がよく声が出て唄えるぞ」
「そういうレベルの唱やないんや!」と息子。
どうもスナックのカラオケでがなるオヤジの唱とはまた次元が違うようです。(笑)

一年間の練習の成果を見せるというその定期演奏会はいよいよ明日らしい。
春に高校生の姿で送り出した息子がタキシードでステージに立つ姿を、
いま私はイメージするのに苦心しています。

 ・・・聞きには行けないけれど、がんばれよ!・・・

正月には帰ってくるというので、焼酎を教えることにします。
まだ、芋の味がわかるにはちょっと早いかな?


青葉城恋歌で有名な広瀬川。


2006年12月07日

酔っぱらいのバッグ

昨日の忘年会転戦ツアー2戦目は大阪ラウンド。
前日からの二日酔いが完全に体から抜けたのが、夕方の4時ごろだったでしょうか。
その約2時間後にまた目の前に注がれるビール。
さすがに、分別ある私は終始自重気味に飲みました。
上品に?歓談すること約2時間、
ちょうど適度なほろ酔い状態になったことに満足して、一次会ですぐに退散。
(これで理想的な帰宅ができる・・・のはずでした。)

会場が梅田であったこともあって、
大阪駅8時15分発の新快速電車に飛び乗ることができました。
乗客のほとんどの方はまだ通勤帰りの時間帯。
電車は結構満員で、私は行列の最後に体を押し込むように乗りこんだので、
クルッときびすを返すと同時に目の前でドアがビシャンと閉まりました。

電車が走り出したその直後、ふと気がつくと私の手持ちのクラッチバッグのストラップの部分が電車のドアに挟まっているではありませんか?
こういったちょっとしたスキが酔っている証拠と言えるのでしょうね。
「あれ、困ったなぁ」と思ってバッグを引っ張ってみる。

抜けない・・

今度は体をドアから少し離して、力を入れなおしてもう一度引っ張ってみる。
やはりピクリとも動きません。
ドアのラバーとバッグのレザーはかなりの摩擦力でかみ合っているようでした。

「まぁ、いいや、次の駅でドアが開く。それまでこのままでいよう。」
新快速だから次の停車駅は高槻です。やがて高槻に到着しました。
ドアが開きました。反対側のドアでした。
「がーん・・」

その次は京都になります。
京都は都会だからきっと大阪と同じ側のドアが開くに違いない。
いい加減な根拠を勝手につくって京都到着を待つことにしました。
そのあいだ退屈なのでぶらさがったままのバッグから、
中に入れてあった文庫本を取り出して読み始めました。
バッグを手に持たずにすむので両手が使えて楽です。
いや、そんな悠長なことを言ってる場合ではナイ!

やがて期待の京都に到着。
ところが京都でも開いたのは、またしても反対側のドア。
京都は人の乗り降りが激しいので、席に座るチャンスです。
ましてこっちは酔っているので座りたい。
それでも私はドアの前から離れることができない・・



やがて京都を動き出すと、一抹の不安が脳裏をよぎってきました。
私の下車駅は草津。もし草津まで反対しか開かなかったらどうなるんだ?
まさか愛用のTUMIのバッグをドアに挟んだまま残しては降りれない。
ドアが開く駅まで乗り越すしかないのか?
普段電車に乗ることの少ない私は、どの駅でどちらのドアが開くのかなんてことは全く知識がないのです。

ふと見ると京都までは混んでいた社内も立っている人は周囲にいません。
それでも私は一人ドアに張り付いたまま。
仕方がないので携帯電話のカメラで意味もなく記念撮影。
想像以上にデカイ音のシャッター音が響き、他の乗客の視線が一瞬気になる。
「この酔っ払いのオッサン何しとんねん・・」
きっとそう思われていたに違いありません。

そんな私の不安も無事に山科駅で解消されました。
無事にドアが開き、バッグはしっかりと私に抱きしめらたのでした。

ちなみに今朝の体重は・・   はい、きちんと1.2kg増えておりました。


Posted by 芋焼酎 at 12:43 Comments( 4 ) TrackBack( 0 ) 雑感

2006年12月06日

悪酔いダイエット

朝から家内に「まだお酒臭いっ!」と言われながらの出社。
今日は私としたことが完全に二日酔い状態です。
仕事関係でいただいているメールの返信を書きだしたのですが、どうしても頭がまわらず、
ついついパソコンの画面をブログを書く画面に切替えてしまいました。
なんといういい加減な社長でしょう・・

今週は4日間で3回の忘年会。
昨夜は京都、今夜は大阪、一日休んでその翌日は地元。
こうなるとちょっとした転戦ツアーで、その初戦が昨夜だったわけです。

毎度のことですが飲み会の翌朝の体重測定は、少なからずショックを受ける瞬間。
普通で1kg、多いときなら2kgぐらいは前日から増加しています。
ただし別に一晩で太ったわけではありません。
一時的に体内に食べた物や水分が貯まっているためなので、
最近ではあまり気にしないようにしています。
実際、2~3日経つと本来の体重に戻るものです。
しかしながら、今週のようにこう飲み会が続くと戻る間がありません。
困ったものです。どないしよう・・

と、思いながらいつものように朝起きて体重計に乗りました。
「エエィ、1kgでも2kgでも増えるなら増えてみろ!」
と気合いを入れながら、でも体は二日酔いでよろけ気味に・・

ところが・・・数字を見て一瞬目を疑いました。
なんと昨日より減っている! しかも72.4kg
最低記録更新のおまけつきです。
体重計の上でよろけたせいかな?と思って、もう一度計りなおしました。
やはり同じ・・。思わずガッツポーズをしたのは言うまでもありません。
うれしさのあまり、寒いのに裸のままあわてて携帯電話に体重と体脂肪率に記録。
そんなに急がなくても一度出た数字はかわらないのに・・

なぜ飲み会の翌朝なのに体重が減ったのか?

昨日の一日の行動を振り返ってみました。
そういえば、昨日は忙しくて昼食は5分間のスターバックスのみだったのです。
そのまま来客や会議でばたばたして極度の空腹状態のまま夜の飲み会に突入。
いつものようにビールのあと、芋焼酎に移行するわけですが、
会場に行くまでの駅のホームで随分体が冷えていたので、
ついつい日本酒の熱燗を頼んでしまいました。
芋焼酎のお湯割りと、同席の人に注がれる日本酒のチャンポン状態。
空腹の上にこれですから、すっかりペースを狂わしてしまったようです。
おまけに酔った時の悪いクセの演説に力が入ってしまった